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雨花の花嫁  作者: 蜃
第十話
61/64

【61 雨花の舞う】

 その咆哮にはさすがの私も思わず腰が抜けてしまった。尻もちをついて、ガーグを抱えるようにしながら、咆哮が魔物たちにもたらした凄まじい影響を眺める。


 ガズルラーヴ城のまわりを覆わんばかりに広がっていた魔物たちは、散り散りになり、中には私のように腰を抜かしていたりするものもあったが、ほぼ全員が身動きを封じられていた。


『余の咆哮を聞いた全ての魔物は、その動きを麻痺させるのだ……力を取り戻す前は負担が大きすぎて出来なかったが、今となっては簡単なことだ』


 余裕たっぷりの言葉だ。私はガーグを再び横たえると、立ち上がって埃を払い、ジェズアルドの元へと駆け寄った。驚きはしたものの、彼の咆哮は私には影響を与えなかったようだ。


「すごいね……」


 手を伸ばしてふさふさの毛に触れながら、私はジェズアルドに笑いかける。


『これもお前が来て、側にいてくれたお陰だ』


 赤い目が細められ、私は注がれた視線に思わず頬が熱くなってしまった。目を反らすと、驚愕して目がこぼれ落ちそうなくらい見開いている彼の顔が映る。人間の姿のため、何の魔物かはわからなかったのだが、今は変化が解けかけ、ごつごつとした皮膚が見えかけている。その色は青みを帯びた緑で、どことなくとかげを思わせた。


 ウロスと同系の魔物なのかな、と思って見ていると、ジェズアルドが顔を上げた。そして、響くような声で突然語り始める。


『水紀、魔王の城たるガズルラーヴには幾つもの伝説がある。その中のひとつに「雨花(うか)の花嫁」というものがある……かつて、余と同じように自分の力によって滅びようとしている魔王がいた。その頃のガズルラーヴ城も、今と同じ姿をしていたという……』


「じゃあ、本当のガズルラーヴ城ってあのトゲトゲした姿じゃないの?」


『そうだ、あの城は生きた木でな、余たちはその中で暮らしている。魔界にあふれる魔力を栄養源としていてな、枯渇しかけるとあのようにただの黒茶色の姿となって眠りにつく。だが、余に力が戻り、魔界の魔力が元通りになったからな、もう少しすれば、あの木は目覚める……そろそろだ』


 私はジェズアルドからガズルラーヴ城へと視線を移した。城は未だ、ただトゲトゲした先端を天へと向けているばかりだ。


 けれど、それはゆるやかに始まった。


『本当なら、あの城の中でお前とふたりで伝説の話をしながら見たかったが、まあ良い。その瞬間を共に見られたのだからな』


 そう呟くように言うと、ジェズアルドは再び人の姿に戻り、私の近くへ歩み寄ると肩を抱き寄せる。見れば、体をしびれさせた魔物たちも、全て城の方を見ていた。なぜなら、そこでは驚くべき変化が始まっていたからだ。


 まず、黒っぽかった外壁がより茶色みを強くし、少しずつ緑が混じるようになった。続いて、細かい枝が伸び出し、芽吹いた葉が開くと、まるで緑の霧がかかったようだ。


 ジェズアルドはさらに語る。


「その時の魔王も、余と同じ火の属性であり、恐ろしい外見のせいでなかなか妃が決まらなかったと言う。もう自分を受け入れてくれる者などいないと絶望した彼の前に、その少女は現れた。

 少女は人間で、地上から魔界に落とされて魔王と出会った。行く先々で雨を降らせる呪いがかけられた娘だからということで、同郷の人々に強制的に落とされたそうだ。

 自分を怖がらない娘を不思議に思った彼は、しばらく手元で育てるうちに情が移り、恋をした。

 少女は彼の思いを受け入れ、結果として魔界は元に戻り、ふたりは寿命が尽きるまで共にいたというのがその伝説だ」


「何だかそれって……」


 私たちとほとんど同じじゃない、と言おうとした時だった。


 魔物たちからどよめきが上がったのだ。私は、思わず口を開けたままその光景に見入った。


「花……?」


 またたく間に、城が薄青い色の花に覆われて行く。風が吹き、散らされた花びらがこちらにまで舞ってきた。まるで、青い雪が舞っているような光景に、思わずため息がこぼれる。


「綺麗」


「これで、魔界は完全に元に戻ったな」


 肩に掛けられた手が力を強める。


「……我は認めんぞ。伝説が何だと言うのだ、お前もアレグラも、我の言う通りにするのが一番良いのだということがなぜわからんのだ!」


 後ろから、怒鳴り声がした。私は振り向いて、上半身を起こしたウロスを見やる。その側には、あのとかげのような魔物がおり、ウロスの上半身を支えていた。


 私は、風魔扇を強く握る。ウロスは私を強く睨みつけてきた。どこまでも憎々しいと言いたげな目だ。だけど、私は逆に睨み返しながら一歩前に出る。ジェズアルドは私のしようとしていることに気づいたのか、肩を離してくれた。


 ウロスと側近らしき彼が私の動きに気づいた時には、すでに事が済んでいた。スパーンと景気の良い音がし、ウロスの身体が青く光る。その顔が驚愕に彩られた瞬間、私の腕にはまっていた最後の腕輪が小瓶に変わり、青い光の粒子を吸いこんでいく。


『おのれ! 我が油断していたところを突くとは卑怯者め、出せ! 小娘、噛み殺してくれる!』


 地面の草の上にぽとりと落ちた小瓶ががたがたと動きながら叫ぶ。私はため息交じりに言った。


「いい加減に空気読んでよね」



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