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雨花の花嫁  作者: 蜃
第一話
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【6 お妃の部屋】

 ガーグに連れられて向かった妃の部屋は、思っていたよりも微妙だった。


 なんでこうこの場所はいちいちいらないところで想像を超えてくれるのか。もう一度心から思う。想像を超えないで……お願いだから。私は脱力しつつ、改めて部屋をながめる。


 妃のために用意されたというその部屋は、完全に全体が桃色というか、少女趣味全開という感じだった。まあ、不気味でなかったのだけは不幸中の幸いだけど。魔王が言っていた通り、一応人間の女について調べてはみたらしい。ただし、人間の女というものに対するイメージが激しく間違っているとは思うが。


 一体どういうところから知識を仕入れたのか、直接聞いてみたくてたまらない。


 ……いや、やっぱり怖いからやめとこう。うん。


「……ああ、疲れる」


 ぼやいて、一緒に部屋についてきたガーグを見る。傷心だというのに、浸るひまなどまるでない。いや、その方がいいにはいいのだが、なんとなく気分は微妙だ。


 そんな私にかまうことなく、彼はいそいそと衣装箪笥らしき木の箱をあさり、中からびらびらしたレースやらフリルが大量についたドレスを引っ張り出して私を見た。


「お妃さまどれにするっスか? 前のお妃さまが残してったドレスもあるっスけど、新しく仕立屋を呼んで何か作らせますっスか?」


 ピンク色をしたおとぎ話にでも出てきそうなドレスを広げて見せ、にっこりしたガーグを、私はげんなりした思いで見やる。


 そんな服着れません。恥ずかしくて無理。


 そう思いつつ、私はふと気づいたことを口にした。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、前のお妃さまが残して行ったってどういうことなの?」


「えっとっスね……魔王様は今年で350歳になるんスよ。今まで何度も結婚したんスけど、先に亡くなってしまったり、相性が悪くて別れたり、人間と結婚するのもこれが初めてじゃないっス」


 さ……さんびゃくごじゅう。私はあぜんとした。じじいとかいうレベルではない。まあ、魔王様なんだから分からなくもないが、それにしたって理解が追いつかない数字だ。


 どう反応したら良いものか困惑していると、突然扉が開いて、直立して歩く大きな猫が入ってきて、私は思わず逃げだしかけた。なにしろ五人くらいでぞろぞろと入ってくるのだ。ふつうに怖い。


 猫たちはちゃんとみんな服を着ていた。微笑ましいと思うなかれ。自分と同じくらいのデカさの猫が歩いている光景は、かわいい通り越して怖いです。


「お妃さま! ご入浴の準備が整いましたので、いらしてくださいませ」


「え、入浴?」


 まごついていると、人間の女性と同じような乳房のある猫たちが私のまわりを取り囲む。え? え? と脳内をハテナだらけにしているうちに、腕をむんず、とつかまれて立たされると、容赦なくどこぞへ連行される。それはすぐ隣の部屋だった。


「何、何なの! 何するの!」

「ご入浴していただくだけでございます」

「え、いいです、自分で出来ます」

「そういうわけにはまいりません。ガーグ、適当なドレスを選んでおいてちょうだいね」

「了解っス!」


 メンバーの中で一番偉そうな猫がガーグに言う。でも、みんな猫だから見分けがつかない。しかも全員がとら猫みたいな模様をしていて、私より遥かにナイスバティだ。


 うわ~、なんか微妙に落ち込むんですけど。何なの、このプチ嫌がらせ。どうせ私は洗濯板ですよ。


「お体を洗いますので、じっとしていて下さいませ」


 猫はそう言うと、ほとんどはがすように私から服をぬがせ、タイル貼りの部屋に置かれたバスタブに放りこんで、全身を五人がかりで洗いだす。恥ずかしいうえ、くすぐったいので、終わるまで私は笑いつづけた。


 三十分後、入浴タイム終了。


 ……つ、疲れた。


 ここに来てからというもの、疲労ばかりがたまっていく。あの恥ずかしいピンク部屋でいいから眠らせて欲しい。そして出来れば夢オチの夢を見たい、じゃなくて夢オチということで自室で目覚めたい。


「さあ、ドレスにお着がえになってください。ガーグ、選んでおいた?」

「選んでおいたっス! 三着選んだんで、後はお妃さまに選んでいただくだけっス!」


 ガーグは胸を張って言った。私は彼がピンク色のサテン生地のカバーがかかっているベッドの上に広げたドレスを見て、薄い笑みを浮かべて固まった。


 あれを着るのか? 私が?


 そこに広げられていたのは、鮮やかな黄色のスカート部分がやたらとふくらんだもの。深紅の露出が多いセクシーなもの。イエローグリーンのやっぱりスカート部分が後ろの方にせり出しているものの三着だった。どれもこれも、結婚式でお色直しに着るくらいの派手さだ。しかも時代が古いものばかり。


 私は恐る恐る猫たちとガーグを交互に見やる。


 もともと着てきた服じゃダメ? と訊いてみたかったが、許してくれそうにない。


 私はさらに精神的疲労を感じながら言った。


「じゃあ、黄色で……」

「わかりました、ガーグ、それを持っていらっしゃい」

「はいッス!」


 嬉しそうなガーグの笑顔を見て、私は心ならずも癒されてしまった。それから私はまた猫たちに囲まれて着替えさせられ、ぐったりしながら晩餐の席へと引きずられていった。


 もう、これ以上疲れたくないよ……さっさと食べて寝て、頭がスッキリしてからものを考えよう。そう思った私だったのだけど、そういう訳にはいかなかった。


 

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