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雨花の花嫁  作者: 蜃
第十話
58/64

【58 魔法合戦】

 巨大な口を開け、ずらりと並んだ牙の間から激しい吐息(ブレス)を吐く。それは身も心も凍てつかせるような凄まじい吹雪だった。しかも、吹きつけられたのは雪などという可愛いものではなく、鋭くとがった大きめの氷の刃だった。


 私はあまりの迫力に声を失う。


 しかし、ジェズアルドは全く動じず、ただその場で指をパチンと鳴らした。瞬間、彼の前に炎の壁が出現し、吹雪はむなしくただの水となって地上へと降り注ぐ。


 が、息つく暇もなく、ウロスは呪文すら唱えずに、自身の周囲に大きな水のかたまりをいくつも生みだし始めた。やがてその水のかたまりはジェズアルドを飲みこめるほどまでに成長すると、前後左右上下すべてから襲いかかって行く。


 そこでようやくアレグラたちが動いた。


 アレグラは、ウロスの作りだしたものと全く同じものを作り出し、それを放って相殺させる。その間に、アントニオはウロスへ矢を射ながら、行進する魔物の群れに突っ込んだ。何しろ下半身の全てが馬という巨体だ。また、行進している魔物は体の小さいものが多く、恐怖心から蜘蛛の子を散らすように慌てふためいて逃げ去っていく。


「アレグラ! 邪魔をするな! 我が戦っているのはお前のためなのだぞ!」


 ウロスの吠えるような怒声。しかし、それでもアレグラは怯まない。


「私のためを思うのでしたら、今すぐ兵をお引き下さい! それに、私はアントニオ以外と添う気はありません!」


 彼女はそう怒鳴り返しながら、ウロスへ水の玉をぶつけ続ける。だが、どうやら力は父親のウロスの方が上らしく、彼の作りだした防壁に全て阻まれてしまっている。


「……アレグラ、時間の無駄だ。お前はアントニオとともに魔物どもを混乱させて城を守れ。ウロスは余が何とかする」


 静かな声でジェズアルドが命じた。アレグラは一瞬悔しそうに唇を噛んだものの、すぐに腕を胸に当てて敬礼すると、アントニオの元へと向かった。


 それを見てウロスは言った。


「良い心がけだな、魔王よ。……これで安心して殺し合える」


「お互いにな」


 ジェズアルドが暗い笑みを浮かべた。それからの攻防は凄まじかった。私やガーグが思わず周囲への警戒を忘れてしまうほどだ。


 ウロスが移動魔法陣と良く似た球形の魔法陣を展開させ。そこから凄まじい水が吐きだされる。水流には氷が混じり、一気にジェズアルドへ襲いかかる。


 一方のジェズアルドは、自身の周囲に火柱を作り上げて防御しながら、右手に作り上げた紫電のムチをしならせて攻撃する。


 彼らが放った物質は下にいた魔物たちに降りそそぐ。魔物たちは彼らから離れるようにしながらも進軍はやめず、また私たちへの攻撃もやめなかった。


 ウロスは再び魔法陣を、今度はジェズアルドの周辺に展開。そこから水しぶきがあがり、吹きつけられた水はみるみる凍り始める。だが、凍るそばから蒸気となって消えていく。ジェズアルドは、自身も同じような魔法陣をウロスの近くへ出現させ、そこから炎をまとった岩石を放つと、これを爆発させた。


 さしものウロスも、巨体ゆえに避けられなかったのかうろこがはがれて、火傷を負ったようだ。


 このままでは不利だとさとったのか、彼は「くっ」と呻いた後で、体を青く輝かせて人の姿へと変じた。それはアレグラと良く似た青年で、とても父親には見えない。当然のことながら顔立ちは整っているが、大変に冷たい印象を抱かせるものだった。また、青く長い髪を背中で束ね、光沢のある青い衣をまとっている。


 その間にも、ジェズアルドは次の手を打っていた。ウロスの逃げ場を奪うように小さな魔法陣を散りばめ、そこから紫色の霧を放ったのだ。見るからに毒々しい色の霧には、やはり濃厚な毒が含まれているようだった。


「……ちぃっ!」


 ウロスはそれに気づくと、竜巻のような風を巻き起こして吹き散らす。何とか全ての霧を払ったところへ、ジェズアルドは幾つもの鬼火を放つ。ひとつひとつは小さいが、それらはくっつき、やがて大きな炎の玉になってウロスへと襲いかかる。


 とっさに避け切れなかったウロスは、またしても足に火を受けてしまった。


 ジェズアルドはまだ余裕のある様子で、また次の魔法を生み出している。マッシモとの戦いが嘘のように、彼は絶大な魔力で遊んででもいるようにウロスを追い詰めていく。私はその凄まじさに圧倒されるばかりだった。


 だから、気づかなかった。


 小さな音がして、下から矢が飛んでくる。それまでに膨大な攻撃を受けて痛んでいた結界は、かなり脆くなっており、その矢を防ぎきれなかった。


「……ぐっ」


 ガーグの悲鳴で、私はようやくことの重大さに気づいた。驚いて自分のまわりに意識を戻すと、彼の背中の羽根には矢が刺さっており、そこから何かが腐るような匂いがしている。良く見れば、矢は紫に光っており、毒が塗られていることがわかった。


 ガーグは何とか体勢を保とうとするが、羽根がゆっくりと腐食して傷口が広がって行く。私はとっさに彼の名前を読んだけれど、それが限界だった。


「お妃さま、逃げ……」


「ガーグ? ……きゃあっ」


 私とガーグはふたり、眼下を群れ行く魔物たちへと落下しはじめた。



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