【57 城門前の攻防】
ガーグは赤い翼をひらめかせてすぐにやってくると、私を横抱きに抱えてくれる。久々だけど死ぬほど恥ずかしい。あの時はそんなこと考える余裕がなかったけど、私は自分で空中を移動できる手段があればいいのに、――例えば、魔女のほうきみたいなやつがあればいいのに、とガーグにしがみつきながら思った。
「水紀を頼んだぞ」
「はい! 必ずお守りいたしますッス!」
ガーグはジェズアルドの言葉に力強くうなずくと、私に確認してきた。
「それじゃあ、離れるッスよ」
「あ、うん」
私はうなずいて、もう一度ジェズアルドを見やった。彼は、大丈夫だとほほ笑みを返してくれたけれど、眼下に広がる魔物たちを見ていれば、安心することなど出来なかった。
ガーグは私の返事を聞くと、背の翼を大きくはばたかせて上昇していく。それから、ジェズアルドやアレグラ、アントニオらがいる側を旋回するように飛ぶと、彼らからかなりの距離をとった。
なんだか胃がひっくり返りそうだ。食事を済ませたのがずいぶん前で良かった、などと考えていると、下の方から何かが飛んできた。ボール状の形をした炎のかたまりだ。それが私たちに当たることはなかったのだが、同じものが次々と飛来してきたのを見て息を飲む。
――攻撃されてるんだ!
私は初めて魔法による攻撃を受けて、激しく動揺した。今まで魔法が使われるのは見てきたが、それが自分に向けられたことはなかったのだ。はっきり言って、バスケットボール大の炎が自分に向かって飛んでくるというのはものすごく恐ろしいものだった。
地面の上にいたら必死で逃げていたに違いない。体が勝手に逃げだしたがるのを私は必死に押さえた。ここで暴れたらガーグの迷惑になってしまう。
一方のガーグは、それらに対して動揺するそぶりすら見せず、わずかなはばたきで全てを避けると、今度は口から「ふっ」と息を吐き出す。その息はやや紫がかっており、私の目の前で口笛のような音をたてて四散すると細かな粒となって、トカゲが二足歩行しているような姿の魔物たちに降り注いだ。
ガーグが吐いた息は、小さいカッターみたいな風の刃だった。地上の魔物たちは、竜巻に巻き上げられるように空中に放りだされ、まるでミキサーの中に放り込まれたような風の渦によってなすすべもなく武装や衣服を切り刻まれていく。三百六十度回転させられ、風圧に押しつぶされて、魔物たちは次々と気を失っていく。その間にも彼らの武装は細切れになって地上の魔物たちへ襲いかかっていた。彼らは盾を頭上に掲げてなんとかやりすごしている。
けれど、威力は押さえてあるのか、彼らが死ぬようなことはなかった。
やがて、渦がおさまって地面のうえにボトボトと投げ出されて気を失っている魔物たちを見やり、私は「うは~」と息を吐き出すと、しみじみと言った。
「分かってたけど、ガーグって本当に強いよね」
「そんなことないッス、オレなんかまだまだッスよ」
彼はちょっと照れたように笑った。そうしているとただの可愛い利発な少年にしか見えないが、眼下の死屍累々を築いたのはまぎれもなく彼である。ジェズアルドが護衛役に選ぶ訳だと心から思った。
すると、私の左手の中指にはめた指輪が淡い光を放つ。少しして、私とガーグの周囲に薄い膜が出来上がる。結界だ。どうやら先ほど私たちが攻撃を受けたのを見て、ジェズアルドが指輪の魔法を発動させてくれたらしい。
かつて私を城から出さないために贈られたこの指輪は、今では緊急時に身を守るための結界装置として身につけている。この指輪に組み込まれた魔法式と呼ばれるものは三種類あり、今はジェズアルドが手動で発動させたり停止させたり出来るようにしてあるのだそうだ。
――と言っても、まだあんまり理解出来てはいないんだけど。
私は内心そう思いつつ、下方を見やる。そこでは新たに飛んできた火の球や弓矢が次々と結界の膜に弾かれていた。
「これで少しは安心して魔王様たちを見ていられそうッスね」
「そうね」
私はガーグの言葉にうなずいて、ジェズアルドたちの方を見た。まだ、戦いは始まっていないが、緊迫感が恐ろしいほど高まっている。
最初に口火を切ったのはウロスの方だった。
「者ども、城へ行け! 結界を破壊し、城を乗っ取るのだ! 弱体化し、人間などを妃にした魔王など我らの王にはしておけぬ、今こそ古きを破壊し、続いて新しく強き魔界を築き上げようぞー!」
地上を行く魔物たち全てに届くような大音量でウロスが命じると、魔物の大群が凄まじい声で応え、それまで牛歩の進みに近かった行進の速度を一気にあげる。
結界ごしに振動が伝わった私は、思わず息をとめた。うっかりすると心臓まで止まってしまいそうなくらいの凄まじい声だ。さすがは魔物、声帯とかどうなってるんだか……。
一方のジェズアルドはそれを見ても微動だにしない。そよ風程度の感覚らしい。すごい……わかっていると思っていたのが恥ずかしくなるくらい、ジェズアルドの態度は魔物たちの上に君臨する王だった。頭ではわかっていたけれど、感覚としては理解していなかった。
――今さらだけど、ほんとに私が妃でいいの? とか考えちゃうな。
などと内心葛藤していると、動かないジェズアルドにしびれを切らしたのか、ウロスは自ら攻撃を仕掛けた。




