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雨花の花嫁  作者: 蜃
第十話
56/64

【56 親馬鹿炸裂】

 その声は、本能的な恐怖をかきたてるものだった。私とガーグ、そしてアントニオは一瞬息をとめる。だけど、ジェズアルドとアレグラは怯むようすを全く見せない。


「父上、お久しぶりでございます。まさか、このような形でお会いすることになるとは思いませんでしたが」


 アレグラが怒りのこもった声をウロスに掛ける。すると、ウロスの方は恐ろしい黄色い目をうっそりと細めた。どことなく、喜んでいるように見える。けれど、見た目がかなり凶悪なために非常にわかりづらい。なのに喜んでいると私が思ったのは、張りつめた空気がゆるんだように感じたからだ。


 ウロスの外見は、へびというよりも長い体を持つとかげといったふうだ。


 まさに、ファンタジーの物語に出てくるドラゴンそのものである。その口は私なんかひと口で飲みこんでしまいそうなほど大きく、白く輝きながらずらりと並ぶ牙は、ひと噛みで即死させられてしまいそうだ。吐き出される息は、磯臭さが凝縮されたような生臭さで、私は思わずウッ、となった。


「うむ、久しいなアレグラ。元気そうでわしは嬉しいぞ……待っておれ、すぐにジェズアルドを滅したあと、新しい魔王の妃の座をそなたにくれてやろう。そして、そこの封印の小瓶を使うことのできる小娘を洗脳し、わしらに敵対する奴らの力を削げば完璧にことが成る」


 ああ、出会い頭に私が欲しいようなことを言っていたのはそのせいか。つくづく私は魔物たちにとって便利なアイテム的存在らしい。この先また似たようなことを言いだすのが出てきたりするんだろうな。

 役に立たないよりは立つほうがいいとはいえ、利用されるのは全力でお断りしたいところだ。


「父上、私は魔王の妃の座など望んでおりません! どうか私の話を聞いてください。私にはすでに愛するものがおります、他のものの妻になどなれません!」


 アレグラは、ジェズアルドとウロスの間に浮かびながら必死に言った。しかし、それを聞いたウロスは、アレグラではなく、ジェズアルドを睨みつける。


「ジェズアルドよ、貴様がなにをしたかわしがわからぬと思うのか? 貴様は何が気に入らなくて我が娘を騙し、そこの馬ごときの妻としたのだ。しかも、人間の小娘をその座に据えようとは、気でも狂ったか? 我が娘ほど美しく優れた女など他にはおらぬだろうが! 気立ても良いし、頭も良くて品格もある。例え貴様であってもくれてやるのは惜しいほどだったというのに馬ごときの妻だと……許せぬ」


 うっわ~、すごい褒めっぷり。確かにアレグラは美人だし、力もあるのだろう。頭も良さそうだし、性格だって真面目そうで、確かに魔王の妃にふさわしいというのはわかる。けれど、なんというか、愛情の注ぎ方が激しく間違っている気がする。


 視線をアレグラに移せば、彼女は非常に疲れたような顔をしている。ついでにかなり恥ずかしそうだ。それはそうだろう。心のなかに謙虚さを持っているのなら、今のは恥ずかしくて仕方ないはずだ。


 私は思わず自分の腰を抱いているジェズアルドを振り返り、ボソッと言った。


「何というか、ウロスって親馬鹿なんだね」


「ああ、そのせいで自分の娘の心中が全く見えていないことに気づいていない。どれだけ説得しても聞く耳を持たぬし、仕方がないから小瓶に封じたのだ。だがまあ、これで思いきり攻撃出来るな」


「どうして?」


「お前を小娘扱いし、我が部下のアントニオを侮辱した」


 私はジェズアルドの声に混じった氷の温度に顔を引きつらせた。笑っているのに怖い。けれど、そうやって怒るのは、私を含めた仲間を想ってのことだ。だから、怖いけれど嬉しくて、心臓が跳ねるのを感じた。彼は魔王であるため、いつも私だけ優先してくれる訳ではないけれど、そういうところが愛おしいのだ。


「ああ、もう! どうしたらそのような考えに至るのですか、魔王様が私を選ばなかったのではありません、私がアントニオを好きになってしまったのです。魔王様はそんな私を咎めもせずに、アントニオと結ばせてくださいましたのに、裏切ったのは、私の方だと何度言えばわかってくださるのですか!」


 耐えがたくなったのかアレグラが叫んだ。しかし、懸命に叫ぶ彼女の声はウロスには届かなかったようだ。ウロスは娘に憐みの視線を向けたあと、ジェズアルドをねめつける。


「アレグラよ、少し黙っておれ。どうせ、そのように言えと脅されておるのだろう?」


 憎しみに満ちた言葉を吐き出すウロス。


 すると、ジェズアルドがこらえきれなくなったのか、突然笑い出した。その場にいた全員が、驚いた顔をした。やや狂気じみた笑い声は正直言ってかなり怖い。私はやや怯えながらも、彼の行動を見守る。


「ふふ、全く変わりないなウロス。娘の言葉すら信じられないとは、どこまでも固い頭だ。封じられている間に少しは柔らかくなるかと思ったが、どうやらより固くなったらしいな。仕方がない、もう一度封じてくれよう。良いな? アレグラ?」


「はい、致し方ありません」


 アレグラはちょっとつらそうに答えた。いくら聞く耳を持たない頑固頭で、自分の意思を認めてくれないような親でも、封じられるのはやはりつらいのだろう。それを聞いたジェズアルドは静かに「そうか」とつぶやくと、今度は私に訊ねてきた。


「これから奴を全力で攻撃する。危ないからガーグとともに離れていてくれ。お前の力が必要になるのはその後だ」


「わかった。……あの、気をつけてね」


 そう言うと、ジェズアルドはとても嬉しそうにほほ笑んで「大丈夫だ」と言ってくれた後、すぐにガーグを呼んだ。


 

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