【52 ロレンツィオの解放】
お妃の部屋にいつもの面々が集まって、テーブルの上の小瓶を取り囲んで見つめている。その様は、まるで何か怪しい集会でも開くために集まったような雰囲気だ。何と言うか、悪魔を呼び出すアレとか誰かの霊を呼び出すソレみたいな感じ。
部屋は暗くないのにそんな雰囲気なのは、なぜか皆あんまりしゃべらないからだ。ちなみに皆とは私とジェズアルドとガーグ、そしてビビアーナという面子である。マッシモは昼寝、バルトは城の巡回に出掛けている、クロスケは仲間のところに戻っているし、マーラは仕事があるのでいつも忙しい。
『……あのさ、いつまでそうして僕のまわりに集まってだけいるつもりだい? 約束したじゃないか、教えたら出すって。それとも、情報だけ引き出して終わりだなんてひどいことをするのかい君たちは?』
小瓶はコトコトと揺れて抗議の声を吐き出し続ける。
「ああ、お願いです。早く出してあげて下さい!」
声をあげたのはビビアーナだ。彼女はあのときに捕らえて以来、城のなかに軟禁されていたのだが、あまりにロレンツィオに会わせろとうるさいので、仕方なく立ち合わせることになったのだ。もちろん、魔法が使えないように、外せない術がかけられた、魔力を封じる力のある、全く飾りけがない腕輪をつけさせられている。
彼女の懇願するような視線が突き刺さった。私は思わずたじろいだけれど、肩をジェズアルドが支えてくれているのを感じると、よし、と気合いを入れて言った。
「じ、じゃあ行くよ? 出でよ、ロレンツィオ!」
私の言葉に反応し、小瓶のなかが赤く明滅した。赤みを帯びた光があふれ、一瞬目がきかなくなる。小瓶がその形を変え、ふたたび私の腕に戻って巻きつく感触がした。しばらくして目を開けると、テーブルの上に足を組んで座るロレンツィオが見えた。
「ああ、やっと出してもらえた。やっぱりなかは窮屈だよ」
「ろ、ろ、……ロレンツィオ様ああぁあ~っ!」
ビビアーナがひと際大きな叫び声をあげて、ぎょっとしたガーグの後ろから飛び出すと、ロレンツィオに抱きついた。ロレンツィオは「ぐへっ」とよくわからない声を発したものの、泣きじゃくるビビアーナの頭を叩いて言った。
「そんなに泣かないでおくれ、可愛い僕のビビアーナ。僕はこの通り無事だったんだしね?」
「ううっ、でも私がしくじらなければロレンツィオ様の魔力がこんなになくなることもなかったのに! ただでさえひ弱でらっしゃるし、日を浴びればすぐに皮膚がはげて髪が抜けて、にんにくをかいだら三日は起きないじゃありませんかああああ~~~っ!」
わんわんと泣きながら、盛大にロレンツィオの弱点を叫びまくるビビアーナ。流石のロレンツィオも、必死に彼女の口をふさごうと苦心している。しかし、意外と力がないのか、押し返せないでいる。私は生ぬるい目でふたりを見ながらつぶやいた。
「ビビアーナさんって、ロレンツィオのことがものすごく好きなんだね。というか、吸血鬼とサキュバスの恋愛って成立するものなのかな……」
「当人同士が思いあっていれば問題ないだろう、思いあっていればの話だがな」
「どういうこと?」
「ロレンツィオは女たらしだからな。綺麗な女と見れば見境なく美辞麗句を並べ立てる。昔からずっと変わらない」
ジェズアルドはあっさりと言い、私はなるほどと思った。
「道理で、口説き文句が次から次へと出てくる訳だ。よく尽きないなあとか言ってて恥ずかしくないのかなとか思ったけど、それなら仕方ないかもね」
「ちょっと待ってくれ、聞いていればさっきからずいぶんと勝手なことを言ってくれるじゃないか! 僕はただ世の美しい女性を皆愛しているだけだよ。美しいものを愛でて褒めて何がいけないんだ、そしてその後で少々血を頂くことの何が悪い!」
「開き直って逆ギレされても吸われた方は迷惑だし、というか、いつまで私の部屋のテーブルの上でいかがわしい格好してるつもり? とりあえず、出て行って欲しいんだけど」
ロレンツィオはテーブルの上で、ビビアーナに押し倒されたような格好で寝そべっている。結構大きなテーブルなのでそんな格好が可能なのだが、目の毒なのでさっさとお引き取り願いたいところだ。
「冷たいなあ、言っておくけれど、僕はまだ水紀の血を諦めたわけじゃないよ。今まで会ってきた人間の女性の中でも極めて美味しそうなんでね。いつか僕の取り巻きのひとりに加えてあげるよ」
「ほう、それは余に挑戦状を叩きつけたものと思って良いのか?」
私は、横から聞こえた剣呑な声にびっくりした。ジェズアルドの目が、見たことのない苛立ちと殺気に染まっていたのだ。あれ? これって嫉妬とかそういうやつですか。そんな経験がみじんもないからわからないんだけど、多分そうだよね。
「ふ、そうとってくれても構わないよ。そもそも、君と対立したのは君が僕の取り巻きのひとりの心を奪ったせいなんだから。彼女は今ではまた僕の取り巻きに戻っているけれど、あの屈辱は忘れないよ」
ロレンツィオの言葉に、私は何やら脱力を感じた。マッシモは単なるライバル意識からだったが、ロレンツィオは女性をとられた恨みからジェズアルドと敵対しているらしい。
となると、残りの一体、青い蛇のようなシー・サーペントと呼ばれていた魔物も何かしらの理由があってジェズアルドの敵となり、封印されるに至ったのだろうな、と私は考えた。
「ふん、それはお前の魅力が足りなかっただけだろうが。と言っても、余は水紀がいれば良い。ただし、水紀に手を出したらお前でも消す……」
ジェズアルドの紅の目が、より鋭さと暗さを増した。一方のロレンツィオはその言葉を鼻で笑い、危険な感じのする笑みを浮かべる。
「上等じゃないか、こうなったら絶対に水紀を僕の方に落として見せるからね」
何か、私を差し置いて盛り上がりはじめたふたりを見て、私は盛大にため息をついた。
◇
結局、私が必死にジェズアルドをとりなし、ロレンツィオをビビアーナともども追い出すことが出来たのは、夕食近くになってからだった。
ちなみに、ジェズアルドがくれたペンダントはちゃんと働いてくれた。ごたごたの最中、私に触れようとしたロレンツィオの爪が音を立てて灰になったのだ。私はそれを見て安心したが、彼の方は忌々しげにいつか外させてやるという捨て台詞を残してから帰って行った。
――何だか先が思いやられるなあ。
そう思いながらも、私はにぎやかな毎日が楽しくてたまらない。ずっとひとりだったので、こうして常に誰かが側にいてくれるだけですごく嬉しいのだ。ただ、引っかかっていることはある。
あと一体。青い小瓶に封じられていた魔物、シー・サーペントだけはまだ姿を現さないのだ。封じられた魔物、カトブレパスのマッシモ、ヴァンパイアのロレンツィオよりも遥かに強いという。ここまで姿を現さないということは、ロレンツィオのように何かを企んでいるのかもしれない。
そのことだけが、私の心に影を落としていた。