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雨花の花嫁  作者: 蜃
第九話
51/64

【51 戻ってきた封魔扇】

 声は女性のものだった。彼女はきびきびとした足取りでこちらへ歩いてくる。


 その姿はすらりとした人間の女性と良く似ており、非常に美しい。ただし、髪の色は淡い空色で、露出した腕の皮膚の一部は光沢のある浅葱色のうろこに覆われていた。また、丈の長い青の衣服をまとっており、その姿は、女性が男装したような独特の凛々しさとさわやかな印象を抱かせるものだった。


「戻ったか、アレグラ。それで、品はどうなった?」


「はい。ここに……それと、御所望のもうひとつの品も購入して参りました」


 女性、アレグラはそう言うと、大きな木箱を開けてジェズアルドが見えるように捧げ持つ。その中に納められていたのは、ハリセンではなく扇子だった。けれど、私はそれを見て顔を引きつらせる。というのも、その扇子、ものすごく派手だったのだ。


 軸となる骨の部分は、黒くなってしまったハリセンを固めたような漆黒。その骨に金で四角い模様がちりばめられた紙が貼りつけられ、渋くて美しい。まあ、女性が持つにはどうかと思えるデザインではあるけれど、それだけなら扇子として問題はない。


 問題があるとしたら、貼られた紙の部分に書かれている「愛」の字だった。


「かの細工師は最近戦国武将に興味をお持ちとかで、このようなデザインにしたとのことです。また魔王様とお妃様への祝いの言葉として〝愛〟という字を書いたのだと言っておられました」


「ほう、なるほど。それは嬉しいことだ……水紀、受け取ってこい。あれはお前のものだ」


 とろけるような笑顔で言われ、私は口から飛び出そうになった言葉たちを押しこめた。


 が、押しこめた言葉たちは心の中で大ブーイングを唱える。


 ――いや、アレ絶対ジェズアルドが持ってた方が似合うよ絶対。私なんかが持ったら違和感が半端ないと思うんですけど……? と言うか、その細工師とやらには一度是が非でも会ってみたいよ。今回は何なの? またテレビなの? テレビなんだろうなきっと、そうなると大河ドラマ? 他に考えられないから大河ドラマなんだろうな……。


 浮かびまくる突っ込みの波を泳ぎ切り、私は必死にとりつくろった笑顔を浮かべる。だって、ここで拒否してジェズアルドに嫌な思いをさせたくはない。そうじゃなかったら文句のひとつやふたつは言っているところだ。私は笑顔のまま、何とかうなずいた。


「わかりました」


 私は高段から下りて、箱から派手派手しい扇子を手に取る。作りは私みたいな素人でもわかるほどに繊細で素晴らしい。ただし、趣味は悪いと思う。これならまだハリセンの方がましだった。などと思っていると、アレグラは扇子の入っていた箱をしまい、今度はずいぶん細長い箱を取り出した。


「こちらも、魔王様からお妃様へとのことでございます。いかが致しますか、魔王様からお渡しになられますか?」


「いや、構わない。水紀、それもお前のものだ。少し前に相談されたロレンツィオについて、余が出した結論がそれだ。封魔扇と同じ細工師の作でな、それを身に着けていれば、奴はお前の側には近寄れないはずだ。結界の術は施してあるから、かぶれたりもしないだろう」


 ジェズアルドに言われて、私はアレグラの持つ箱の中を見た。そこに入っていたのは、ペンダントだった。トップは十字架で、中央に青い石がはめ込まれている。それを見て、何だか色々もらってばかりだな、と私は思いながら私は訊ねた。


「これで、ロレンツィオを小瓶から出しても大丈夫になるの?」


 小さなペンダントトップには、きらめく銀色のチェーンがついていて、手に取るとさらさらと鳴る。こちらは繊細で流麗な作りだ。これほどの物が作れながら、どうして封魔扇でだけは遊び心を爆発させるのか。やはり理由を問いただすために、その細工師には会うべきだと私は強く思った。


「ああ、余としても、奴に借りを作ったままなのは嫌なのでな」


 そう告げるジェズアルドの声には、不満があった。本当は出したくないのだろう。何しろ、ビビアーナの件にはじまり、こちらにかなりの危害を加えた魔物だ。しかも、腹の中で何を考えているのか読めないため、信用することも出来ない。


「そうね、でもこれがあればまた封印できるもの。マッシモと同じで、魔力は半減するんでしょう? だったら、ジェズアルドだけじゃなくて、バルトもガーグもいるんだから、平気よ」


 私は言って、封魔扇を広げた。うん、やっぱり恥ずかしい。飾っておく分にはいいんだけど、使うとなると微妙な気分だ。


 すると、広間の入り口からこちらをのぞく影が見えた。見知った顔だ。ジェズアルドを振り返ると、彼も気づいたのか、大き目の声で呼ばわった。


「アントニオ、そんなところにいないでこちらへ来たらどうだ?」


 その声に、素早く反応したのはケンタウロスでガズルラーヴ城の料理長、アントニオ――ではなかった。もの凄い早さで振り向いたのは、アレグラの方だ。手に持った箱をその場に置くと、彼女はジェズアルドに一礼してから、広間の中央へと小走りで向かう。アントニオも四本の足で駆けより、ふたりはひし、と抱き合った。


「ああ! あなた、会いたかったわ!」


「僕もだよ、ハニー!」


 私は呆気にとられて思わずジェズアルドを見た。彼は実に楽しそうな顔で説明してくれた。


「彼らは夫婦なのだ。ついでに、アレグラはかつての余の妃候補だった。魔界ではもう数人しかいない水属性の魔物だったのだが、ここに来て数日でアントニオと恋に落ちたのだそうだ。ふたり揃って死にそうな顔でそのことを告げに来た時のことはよく覚えているが、大切な部下が幸せそうなのは余も嬉しい。いつか水紀ともあのくらい愛し合いたいものだな」


「そ、そうですね……あはは」


 私は嬉しそうに抱きあうふたりを眺めながら、ジェスアルドのセリフを聞いて乾いた笑い声をあげた。そして、内心ごめんなさいと謝る。だって、あんなに恥ずかしいことを人前でなんてきっと絶対一生ムリだ。とてもではないが出来そうもない。今でさえあの夜以来、まともに顔を見るのも恥ずかしいのに……。


 私は背中に突き刺さるジェスアルドの視線に気づかないふりをしつつ、言った。


「じ、じゃあ早速ロレンツィオを出してあげなくちゃね」



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