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雨花の花嫁  作者: 蜃
第九話
50/64

【50 使者を待つ間】

 外ではしとしとと雨が降っている。


 驚いたことに、ずっと夕暮れみたいだった空が、白みを帯びた夕方の空に近い色になってきていた。ジェズアルドによると、もう少しして完全に魔界の魔力のバランスがとれれば、人間界と同じような青空と雲が広がるようになるとのこと。


 私はそのときを楽しみに、久しぶりに広間へと向かった。


 何でも、風魔扇の修理が終わったのだそうだ。送り出した使者を広間で迎えるため、私はバルト、ガーグとともに移動魔法陣をくぐった。時刻は午前十時。広間へつくと、その明るさに目がくらむ。どこか墨を流したような薄暗さがあった魔界だったのだが、今では曇りの日なみの明るさがある。


 ジェズアルドはすでに玉座につき、物憂げに私たちと使者を待ちかまえていた。入ってすぐの右側には、いつもの面々が控えている。今でこそ慣れたものの、最初は見てくれが怖くて仕方なかった魔物たちだ。まあ、戦ったらすごく強そうではあるのだけれども。


 改めて、玉座の方へ視線を戻す。


 相変わらず、様になっているなあと思いつつ見ていると、目が合った。ジェズアルドは嬉しそうに笑顔を浮かべる。私は思わずたじろいだ。魔界に雨が降ったのはおととい。それ以来、視界の端の隅っこにも入らないくらい私を避けていたのがウソみたいに、時間に余裕さえあれば側にいるようになった。


 しかも、甘い顔で、甘い言葉を大量にかけ流しの湯のごとく浴びせてくるため、私はいたたまれなくてたまらない。


 いや、嬉しい、嬉しいんだけど……物事には限度というものがあると思う。


 私は微妙に顔を引きつらせつつ、玉座に向かうと、ジェズアルドの隣に立った。そんな私を守るように、バルトとガーグが後ろに控える。


「今朝は一緒に食事できなくてすまなかったな。たくさん報告を受けることになったしまったのだ」


「報告? 風魔扇のこと以外にも何かあったの?」


 声に不安を忍ばせて、私は訊ねた。


「ああ、雨が降り出したからな。魔界も変化を始めている。どこでどのような変化が起こったか、その報告がたくさんあったのだ。このガズルラーヴ周辺がもとの姿を取り戻す日も近いだろう。本来、ここはこのような姿ではなかった。もっと緑あふれる、過ごしやすい場所で、人間たちの暮らすところとそう違いはなかったのだが、今は余の出身地である火山地帯、ヴルカーニアそっくりになってしまった。全ては、バランスが崩れて余の力が強くなりすぎたせいだ……そのことが、かえって魔界と繋がりを持つ余の力を弱めたのだ」


 初めて聞く単語に、私は首をかしげた。そう言えば、ジェズアルドの過去や出身地や、どういう人生(いや、魔物生かな?)を送ってきたかという話はあまりしたことがなかった。私には色々と聞いてくるが、彼が語りたがらなかったためだ。


「そうだったの。それで火山があんなに噴火してたり、恐竜みたいなのが飛んでたりするのね」


 私は感慨深げにつぶやいた。そこで、ふと疑問を覚える。

 ジェズアルドは、もう妃を迎えるのは嫌だと言っていた。過去の経験からして仕方ないと思うのだけど、それだと、バランスは崩れたままだったということになる。もしそのまま行ってしまったら、ここはどうなっていたのだろう。


「あの、ここで聞くことじゃないとは思うんだけど、妃がいないとバランスがとれないんだったら、もし私が見つからなかった場合はどうしてたの?」


「その場合は、余が死ぬことになる。魔界の均衡が崩れれば、それはそっくりそのまま魔王に跳ね返るからな。力の弱まった魔王は、もはや魔王ではない。いずれは、魔界に飲みこまれる。そうなれば、次の魔王に代替わりするだけのことだ」


 ジェズアルドはさらりと言った。しかし、私は驚きに目を見開いた。


「じ、じゃあ私がいなければ死んでたってこと……?」


「そうなるな」


 自分のことなのに、まるで他人が死ぬと聞かされたみたいな反応をするジェズアルドを見て、私は思わず怒鳴りたくなった。そこを何とかこらえて、低い声で、ちょっと恨みがましく言う。


「そういう言い方しないでよ、悲しいじゃない」


「そうですぞ! ですから我々はお妃さまをなんとしてでもお持ちになって頂こうと腐心したのです。ようやくお妃さまを見出すことができて、我らは喜んでいるのですぞ!」


 バルトが、私の言葉を受けるように叫んだ。相変わらずの大音量なので、耳が痛い。だけど、この時ばかりは耳の痛みよりも、言ってくれてありがとうという気持ちが勝った。側近たちにも話が聞こえていたのか、その通りだという声があがる。


「そうッスよ、オレたちは魔王様の統治する魔界が好きなんス!」


 ガーグも後ろに控えることを忘れて、ジェズアルドの側へ行き、非難をこめた目で彼を見る。


「わかったわかった! だから余はこうして水紀を連れてきたのだ。起こらなかったことについて責められても困る!」


 ジェズアルドは困惑したように声を大きくして言った。私はその様子に、つい笑みをこぼしてしまった。なんというか、愛されているのだなと思う。魔王という呼び名のもつイメージがことごとくくつがえされていくのが、何だか楽しい。


 こっそり笑いをこらえていると、広間の入り口から大きな声が上がった。


「魔王陛下! アレグラ、ただいま戻りました」



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