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雨花の花嫁  作者: 蜃
第一話
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【5 丁重にお断り致します】

「あの、すいません、私たち、まだ付きあってもいませんよね?」


「気にするな。お前の意思など関係ない。余が妻にすると言った以上、お前は妻になる。それだけだ。愛はなくても良いし、恋なども特にする必要はない。しかし、一応は求婚しておこうか、ミズキ、余と結婚して欲しい」


 傲慢なのに律儀な感じで魔王様は言いきった。


 なんですか一応って。愛も恋も関係ないとかどんな結婚ですかそれ。王家の政略結婚とかじゃないんだし、そんなロマンスのかけらもない求婚されて即OKする女がいたら見てみたい。ただし、金持ちでイケメンの人間は除かないとだめな気もする。少なくとも私はそんな無味乾燥な結婚は嫌だ。


 まさに魔王様そのものなもの言いだなと思いつつ、私は冷静に返した。


「丁重にお断りいたします」


 きっちり腰を九十度に曲げて、手はちゃんとふとももの横につけ、頭を下げながらきっぱりとお断り申し上げる。少なくとも、結婚するなら人間の男がいい。化け物の妻なんてありえない。と、言うか、それ以上にこの場所に耐えきれない。もう帰りたい。ふとんにくるまって寝たい。


「お前、余の言葉を聞いていたのか? 意思は関係ないと言ったであろうが」


「関係あろうとなかろうと私には意思があるんですから言いたいこと言うにきまってます。何も言わないでハイハイ言うこと聞くとかただの人形ですよねそれ。だいたい、どうして私を妻にしたいんですか?」


「お前、雨乞いの能力があるだろう?」


「……ありませんよ」


 なんだそれは。能力ってなんだ。雨女なのは能力のせいだったのか? 全く雨を乞うていないのに向こうから勝手に降ってくるんですけど?


「行く先行く先で雨を降らせるという人間がいるのはわかっている。見てわかるように、余は魔族のなかでも火の性質をもって生まれたのだ。それゆえに、魔界はあれほどまでに荒れ果て、川は枯れ、湖は干上がってしまった。さんざん魔界のものに泣きつかれて、水の性質の女を探したんだが、どういうわけか魔界にはいない。そこで、人間界の女に目をつけたという訳だ」


 魔王様は丁寧に説明してくれた。だが、さっぱり意味がわからない。


 見てわかるようにと言われても、火の性質だの、水の性質だののことなど知らないのだから、わかるほうが変だ。ただし、わかったこともある。ようするに、私が雨女だからこんなところに連れて来られてしまったということだ。


 どこまでついてまわるんだろう。雨女のレッテル。


 目から雨が降りそうだよ。ゆううつな気分で、私は言う。


「以上じゃありません。嫌です、帰して下さい」


「なにゆえそれほど嫌がる? 余はこれでも妻になる女のことを考えて、人間の女が好むような姿に化けた。お付きの者も化けられる者を選んだ。その上、余の妻になれば魔界を支配できる立場になる。お前は好きに下々に命令できる。金銀を身につけ、ぜいたくな暮らしも出来る。なにが不満だ」


「いえ、別に支配したくないし、命令とか無理ですし、金属アレルギーなんでアクセサリーは付けられませんし、ぜいたくって言っても、そもそも魔界のぜいたくとか理解出来そうもないので、改めて心より丁重にお断りさせて頂きます」


 ふしぎそうな魔王様に、私は理由を説明してやはり頭を下げた。


 丁寧な対応になるのは仕方ない。うっかり変なこと言って爆炎魔法とか放たれたら嫌だ。そう思い、失礼にならないような対応を心掛けていると、魔王様はうなりだす。


 私は顔をあげてそっとその顔を盗み見る。本気で悩んでいるらしい。


「ならばどうすれば納得して嫁いでくれるのだ? 出来ることはするぞ。妻が快適に暮らしを送れるようにするのは夫の義務だからな」


「あの、魔王様のお心がけはとてもご立派だと思うのですが、私は単に家に帰りたいだけなんですが」


 本心を言うと、魔王様は私を称賛するような顔でながめた。


「ほほう、欲がないのだな。ますます妻にしたくなった。いまは帰りたいかもしれないが、慣れればここが快適になるであろう。お前がここに慣れるまで、婚礼は先延ばしにしても良い」


 言って、魔王様は手を打ち鳴らした。


 すぐに、広間にいくつもある小さな扉が一斉に開く。私はぎょっとして後ずさった。扉からは、見たことあるようなないようなモンスターたちがぞろぞろと出てきて、また一斉にひざまずいた。


 私はその光景をあっけにとられてながめる。


 そこへ、魔王様が肩に手を置いてほのかに笑う。破壊力抜群のほほえみだった。思わず恋してしまいそうになるくらい、綺麗な笑顔だった。


 だが、私はふんばった。そんなものに負けてたまるか。相手は首が三つもあるオオカミの化け物なんだ。あのキラキラした笑顔は、ホストの営業用スマイルみたいなものなんだと言い聞かせる。


「疲れたであろう、まずは妃の部屋へ行くが良い。あと少しで夕餉の時間だ……あの者たちを好きに使ってくれて良い。着替えたり、休んだり、ゆるりとくつろぐが良かろう」


 そう言い置くと、魔王様はまた赤い布をひるがえして玉座に戻ると、響くような声で言った。


「この者は余の妃となる娘である。くれぐれも丁重に扱うように。今宵は妃が来てくれた祝いも兼ねて盛大に晩餐会を開こうと思う。各々、急ぎ準備にとりかかれ!」


『はっ!』


 たくさんの魔物たちが返事をした。耳が変になる。なんでここの住人は声量がやたらとデカいんだ。そう思っていると、手を引かれた。ガーグだ。


「さあお妃さま! お部屋に案内するっスよ!」

「え、ええ」

「我も途中までおともいたしますぞ! まだお妃さまの顔を知らぬものもいるかもしれぬゆえ」

「そ、それはどうも」


 そのお妃さまって言うのヤメテ! まだ確定じゃない、確定じゃないよ。


 ガーグに手を引かれ、バルトに後ろを守られながら、私は心の中で叫んだのだった。



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