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雨花の花嫁  作者: 蜃
第八話
48/64

【48 つながった気持ち】

「何度も言うけど、私は怖がったりしないし、もし怖くても逃げたりしない。すぐには信じられないかもしれないけど、いつかは信じて欲しい」


 やや毒々しい植物が茂る南の庭を、風がさぁっと吹き抜けていく。庭はとても静かで、風が葉を揺らす音しか聞こえない。


 まだ声は震えていた。震えていようとどうしようと、私はかまわなかった。何度でも言うのだ。ちゃんと思いが伝わるまで。プペパポンペからの帰り道に思ったことが脳裏によみがえる。私には、今までここが本当の家だと、自分の居場所だと思えるような場所はなかった。

 ここに来て、ゆっくりとだけど親しい仲間も出来た。


 ――ここが、本当の家になったらいいのに。


 近頃、そう思うことが増えていた。


「ここに来た最初の頃は、ただ訳がわからなくて、まわりは不気味なものばっかりだし、人間はいないし、でも、あなたはずっと側にいて、ちゃんと私の言うことを聞いてくれた。どれだけ嬉しかったと思う? 私ね、今までちゃんと話を聞いてもらえたことってないの……。

 多分、誰かに本気でぶつかる勇気がなかったから……」


 ――勇気がなくて、たくさんのものを失ってきた。


「だから、ちゃんと勇気を出すって決めたのに……いざ話そうとすれば逃げるし」


「すまない。気が動転していたのだ……」


 弱り切った様子のジェズアルドを見て、私はささくれだった気持が消えていくのを感じた。本当は、その気持ちを早く教えて欲しかったのだけれど、どうしても誰かを避けたくなるとき、というのはあるものだ。その気持ちがわからない訳ではない。


「もういいの、謝って欲しかったわけじゃないから。理由も、教えてくれたじゃない」


 言って、ほほ笑む。涙はとまり、嗚咽もおさまってきた。そしてようやく、私は自分の体勢に気づいて。少し慌てた。背中に回された手が熱い。私は恥ずかしさに、身じろぎしたものの、ジェズアルドには離すつもりがないようで、腕に力がこもるのを感じた。

 仕方なく、そのまま話をつづける。


「あの時私言ったよね、覚えてる? ビビアーナさんのことが終わったら、ちゃんと答えを出すって言ったでしょう。だから、答えを出したの。聞いてくれる?」


「……ああ」


 私は、静かにうなずいただけの彼の様子に、少しだけ落胆した。あれほど「好きだ」とくり返し言い、答えを催促しつづけたジェズアルドと、今私を抱きしめているジェズアルドは同一人物なのだろうか、と疑いたくなるほどの変貌ぶりだ。


 息を深く吸って、私は答えを口にした。


「私は、あなたの妃になります」


 しばらくの間、ジェズアルドは動かなかった。けれども、すぐに弾かれたように体を離し、私の顔を覗き込んで疑い深げに問う。


「今、何と言った?」


「え、だから……あなたのお妃になりますって」


 言葉は最後までつづかなかった。またしても抱きしめられたからだ。私はあまりの勢いに、つい「ぐえっ」とあひるが鳴いたみたいな声を出してしまった。はたから見ればロマンチックな抱擁シーンなのに。抱きつぶされそうになるのも夢があっていいと思ってたのに。だけど、私はあまりの苦しさにそれどころじゃなかった。


 ――い、痛い。苦しい。さすがは魔王、なんて馬鹿力。ああぁ、背骨が背骨が……!


「は、離して……死ぬ」


 私の呻きに気づいたのか、ジェズアルドは慌てて離してくれた。うう、背中が痛い。


「す、すまない……つい嬉しくて。だが……その、本当に良いのか? あれほど嫌がっていただろうに」


「そんなセリフをあなたの口から聞くとは思わなかったわ。事あるごとに妃になれ妃になれ、ならなくても魔界からは出さないってくり返してたのに。それはそうと、逆に聞きたいんだけど、私の顔を見ると過去の思い出がよみがえってつらいと言うなら、どうして、私のことを連れてくるつもりになったの? そのうえ、指輪で行く場所制限したり」


 ため息まじりに訊ねると、ジェズアルドは決まり悪そうにうつむいて、小声でつぶやくように言う。


「……が可愛かったから」


「え、なに?」


「笑顔が、可愛かったからだ。その……妃候補の娘は他にもいて、水晶玉を使って余がそのなかから選んだのだ。最初は、誰でもいい……さっさとここへ呼んだ後で、やっぱりだめだったと言って追い払えば、臣下も何も言わないだろうと思ってな。だがその中に、お前がいたんだ。

 つらい時でも、笑顔を絶やさないで、どんなことでも全力で立ち向かう姿を見ていて、気づいたらお前をここへ召喚していたんだ」


 私はその内容に顔を引きつらせた。つまり、ずっと生活を見られていたというのか。それじゃあ単なるストーカーじゃないかと思った。


「目の前に現れたお前は、余を恐れるふうでもなく、礼儀正しく断ってきた」


 いや、あの時は顔に出さなかっただけで、心の中では結構怖がっていたのだが……と思うが、私は口に出さない。ジェズアルドが、嬉しそうだったから。私は私で、彼が嬉しそうなのが嬉しいのだ。


 こんなに温かい気持ちになったのは、本当に久しぶりだった。


「正直、断られたときはつらかった。それで、腹いせにここから出さない、帰さないと言ってやったんだ」


「あぁ……そうだったんだ。あの、じゃあもしかしてあの口説き文句は全部本気だったの?」


「当然だ」


 私は話を続ければ続けるほど脱力していくのを感じた。しかし、アレらのセリフが本気だったということは、これからも言われるのだろうか……。そう思いつつ、私は顔をあげて、空の異変に気づいた。


「……ねぇ、もしかして曇って来てる?」


「そういえば」


 ジェズアルドも顔をあげて、空を見た。いつもは赤みの夕焼けのような空なのに、明らかに灰色が混ざってきている。夕焼け空の写真に、灰色の絵の具をのせたかのようだ。


 私の心の中を、期待感が埋め尽くしていく。ずっと、不安だったのだ。その懸念が、晴れるかもしれないと思いながら、空を見上げる。やがて、灰色の割合がどんどんと増えていき、私だけでなく、魔界が待ち望んだそのときがやってきた。



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