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雨花の花嫁  作者: 蜃
第七話
45/64

【45 プウペパプペの正体】

 ――何、コレ……?


 目の前にある「それ」に視線を釘づけにされながら、私は前を歩いていたマッシモを見上げた。彼は驚いたような顔をしたあと、すぐに嬉しそうに笑い、唇をなめた。


「こんなに早く見つかるなんて俺たちは運がいいぜ、早速捕まえるぞ、小僧!」


「小僧はやめてくれッス!」


 ガーグは言い返しながら、風の魔法を「それ」に向けて放った。たちまち、鋭い切れ味の風に「それ」は囲まれて、全く動けなくなる。だが、これでは手出しが出来ないと思って見ていると、ぶつっという音ともに「それ」の頭が千切れ飛んだ。


 私は青ざめて後ずさる。き、気持ち悪い……。


 マッシモはというと、持ってきた袋の口を広げて落下してくるのを待った。やがて、ばすっという音ともに、「それ」と袋におさまる。私は体を硬直させたままその様子を見守った。すると、袋の中で、千切れたはずの「それ」がガサガサと動いた。


「よし、じゃあ帰るぞ~、何にして食うんだ? 俺はいらないけど」


「あの、それが「プウペパプペ」?」


 つい私は訊ねた。マッシモとガーグは揃ってうなずいた。私はその場に座り込みたくなるのを必死にこらえて、重ねて訊ねる。


「何だか、肉のかたまりが人間の形になって二足歩行してたように思えるんだけど。魔物なの、動いているからには動物なの?」


「う~ん、どう説明するッスかね。少し前にも言ったッスけど「プウペパプペ」は生きものじゃないッスよ。魔法そのものッス」


「とりあえず俺たちの言葉に訳してみると「プウペパプペ」って人形(ヒトガタ)の生肉って言う意味だしな……生物じゃないけど、細胞が生きてる。でも痛覚もないし、そもそも脳とか内臓がないし、生物じゃあないよなあ」


 ガーグとマッシモ、それぞれに説明してくれる。だけど、私はますます混乱した。よくわからないけれど、とにかく彼らが「それ」を「プウペパプペ」だと言うのならきっとそうなのだろう。うん、そうだ、それでいいんだ。とにかく、目的のモノは手に入ったんだから、いいじゃないか私。


 無理やり自分に言い聞かせて、なんとか納得しようと試みる。


「……とりあえず、その、帰りましょうか?」


 私は引きつった顔で笑いながら言った。一瞬、ロレンツィオがうそをついたのだろうか、という考えが脳裏をかすめたけれど、やってみないことには始まらない。それなら、やってみるだけだと腹をくくる。


「そうッスね、にしても……本当にこれが魔王様の好物なんッスかね? 人気のある高級食材だってことは確かなんスけどね」


「へぇ~高級食材なんだ、まあ、謎の物体でも肉は肉だもんね」


 マッシモの背おった袋の中で動いている肉のかたまりを横目で見ながら私は答えた。


 

 ◆◆◆



 繋門をくぐると、瞬時にして視界が紅色に変わる。それまで明るいところにいたので、何となくまわりがぼんやりし、見えなくなったように感じた。


 腕の時計に目をやると、午後三時を刻んでいる。マッシモが大きな肉塊を背負うことになったので、私は彼の持ってきた荷物を代わりに持つことにした。空になったランチボックスを手に、のんびりと城へと歩く。謎の肉塊で食事を作る時間は十分にある。


 乾いた空気がのどを刺激して、私は小さく咳をした。


「何か、私がここにいる意味がわかんなくなっちゃったなあ」


 ぼやくと、ガーグとマッシモがふしぎそうな顔で立ち止まった。私は苦笑して、言った。


「ああ、ごめんなさい。だって、ここに連れてこられた理由が雨を降らせる体質だとかそんなことだったのに、全く降らないし、ジェズアルドは逃げるし……私、魔界にい続けていいのかなって思っちゃっただけなの」


 あれほど執着していたのに、本性を知ったくらいで見向きもされなくなってしまった。結局は、その程度の存在だったということなのだろうかと私は思う。本当に思ってくれているなら、なんとしてでも話をするのではないだろうか。そうしないで、逃げると言うことは、もう私のことなどどうでもいいのかもしれない。


 何となく、「プペパポンペ」の魔物たちの気持ちがわかったように思う。


 捨てられるのは、どんな状況であったとしても悲しいのだ。悲しい感情が怒りに変わってもおかしくはない。そのふたつの感情は、同時にわきあがることが多いからだ。


「何だ、そんなことか。水紀、ここは魔界だ……魔界とは、それ以外の世界には住めない、受け入れられない者たちが最終的に落ちてくる場所だ。だから、悪いものも良いものも存在する、いてだめな奴なんか存在しないんだよ、ここはな」


「そうッスよ、少なくともオレは側にいてくれて嬉しいッス」


「でも、私最初にひどいこと言っちゃったのに」


「それは最初だけで、その後うっかり人の姿にならないでお妃さまの前に行ったときには、もう全然平気そうだったじゃないスか。話もちゃんと、子どもだからって馬鹿にしないで聞いてくれるし、だからオレはお妃さまが好きッス」


 ガーグは当然のことを告げている、というような顔で言った。私は嬉しいけれども恥ずかしくて、顔から火が出そうになる。けれど、やはり嬉しさが勝った。マッシモの言葉もまた、心に沁み入った。


 ――いてだめな奴なんかいない場所……それが魔界。そうだったのか。


「ありがとう、変なこと言ってごめん。戻ろう、お城へ、それで、ジェズアルドをつかまえて本当のことを聞くね」


 私は答えて、ふたりととともに歩みを再開した。


 だけど、心に落ちた影は消えてはくれなかった。もし本当に「いらない」と言われたら、私はどうすればいいだろう……。元の場所に戻りたいのか、彼らとここで暮らしたいのか。あれほど帰りたかった場所も、今では空疎に思える。家族はいないし、本当に友だちと呼べるひともいない場所に戻りたいとは思えなかった。


 こんがらがった心を抱えたまま、私は城へと帰還したのだった。



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