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雨花の花嫁  作者: 蜃
第七話
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【44 物と人と悩みと】

「あちゃ、忘れてた。そうか、ここは人間や人間形の魔物は立ち入り禁止なんだった。久しぶりに来たから忘れてたわ。悪い」


「オレもッス……じゃあ、お妃さまには待っててもらって、牛が行って見てきたらいいっスよ。プウペパプペは大きいッスから、牛じゃないと持てないッスしね」


「ちっ、仕方ねぇな。ちゃんと水紀を守っとけよ、小僧」


「小僧って言うなっス!」


 私はじりじりと後退しながらふたりの話を聞く。約一メートルくらい門番から離れると、ようやく槍がどけられた。背中を冷たい汗が流れ落ちる。さらにもっと後退してから、思わず恨み事が口をついて出た。


「そ、そういうことは最初に教えておいて欲しいんだけど……」


「悪い、本当に忘れてたんだ。何しろ、ずっと瓶の中だったもんで。それに、ここには用がないから滅多に来ないしな。んじゃ、とっとと行って見てくるわ」


 マッシモは明るく笑って流すと、さっさと街の中に入っていく。人間の姿に化けてはいるが、門番は全く動かない。見た目以外で人間と魔物とを区別しているらしい。やがて、彼より遥かに小さい変わった魔物たちのなかに、その大きな姿が消えていく。私はガーグと一緒に、少し離れた場所で彼を待つことにした。


 ただ、槍を突きつけられてからと言うもの、通り過ぎる魔物たちの視線がやたらと痛い。ものすごく突き刺さってくる。


「やっぱり、捨てたひとに対する恨みとかがあるのかな?」


 私は彼らの悲しみの混じった怒りに、そう思う。施設や親戚の家で育った私は、捨てるほど物を持っていなかったけれど、それでもいくつか捨てたものならある。大事に使いこんだものが、もう使えなくなって捨てるときにはつらい思いをしたものだ。


「そうだと思うッスよ。本当に大切にされてから捨てられたのなら、こんな場所で魔物になってたりしないはずッスから、きっと適当に扱われて捨てられた奴らなんスよ、きっと」


 ガーグは警戒をおこたらずに、そう答えてくれた。まるで心の中を見透かしたような返答に、私は驚きつつも、「そうだといいな」とつぶやく。


 私はぼんやりと、ガズルラーヴ城では決して見ることのできない薄青い空を見た。ここの空は、夕焼けのように赤くなくて、のっぺりしている。空色のポスターカラーをぬって、白で雲を描きました、という感じの空だ。ガズルラーヴはやや薄暗かったけれど、ここは昼間のように明るい。


 その空を見て、思う。ジェズアルドは、最初の印象とはどんどんかけ離れてきている。最初は、なんて傲慢なことを言うんだろう、と思っていたし、魔物となんて絶対に結婚は考えられないと思っていた。なのに、今ではもう、彼が話しかけてくれないだけでこんなにつらい。


「プウペパプペ」という変な食べもので、ジェズアルドが私の前に現れてくれたのなら、一言でも声を掛けたい。彼が望んでいた返事を大声で叫んでもいい。とにかく、ジェズアルドの顔が見たかった。私はマッシモを待ちながら、優しくほほ笑むジェズアルドの顔を思い出して、胸が痛んだ。


 しばらくすると、マッシモは手ぶらで戻ってきた。


「売り切れだとさ。しょうがねぇ、獲りに行くしかないみたいだな」


「そっか、じゃあ行きましょう。早く獲って、はやく戻りたいから」


 私が言うと、マッシモとガーグは目を見合わせる。その表情が微妙にゆがんでいる。


「そう簡単には行かないと思うッスけど、でも行くしかないッスからね」


「どうして?」


 私は思わず訊ねた。ガーグはちょっと言いにくそうに答えてくれた。


「「プウペパプペ」は日によってあったりなかったりする上、逃げ足が早いんス。だから、だめでも気を落とさないで欲しいッス」


「そうなの、その時はまあ、仕方ないから今日は帰るけれど、とりあえず、行くだけは行ってみたい。面倒なこと頼んでごめんなさい、でもどうしても行きたいの……」


 私がそう言うと、ふたりは笑って気にするなと言ってくれた。それが嬉しくて少し涙ぐむ。それから私はふたりとともに「プウペパプペ」がいるという場所へと向かった。



 ◆◆◆



 照葉樹が茂る森の中を行く。


 このプペパポンペは街の部分が最も大きく、そこを取り囲むように森が広がっている。しばらく進むと空間が閉ざされており、何だか透明なボールの中にいるような感じがした。


 地形的に色々と無理がありそうだが、魔法が働いていると言われれば追及のしようがない。


 なぜそんなに街の部分ばかりが広大なのかというと、このプペパポンペの魔物たちの大半は街に暮らしているのだとガーグが教えてくれた。もともとが物なので、人の住処と似たような場所が最も暮らしやすいのだと言う。


 私はなるほど、妙に納得してしまった。そのため、街周辺の森のなかにいるものは、そこから追放された極めて「危ない」魔物たちばかりなのだという。そのせいか、お喋りなマッシモが先ほどから無駄口を叩かなくなっている。


 しかも、街の入り口でも経験したように、ここの魔物たちはほぼ全て、例外なく人間、および人間形の魔物たちに対して強い反感を抱いているそうだ。当然のことながら、それは追放された魔物たちにも当てはまる。


 何と言うか、人間には空恐ろしい場所だと今さらながら私は実感していた。マーラがひどく心配する訳だ。ここでは私の存在はまさに「敵」そのものなのだ。


「皆が私に行くなって、あれほど言ったわけがやっとわかったわ」


 小道を進みながら、たまに寒くなる背すじと、額に浮かぶ冷や汗に、私は思わずぼやいた。


 実のところ、私がここへ来ることを説得するのは本当に大変だったのだ。みんながみんな、危険すぎるからやめてくれと何度も言った。だけど、私はどうしてもジェズアルドの好物をこの手でとりたかったのだ。そうすれば、会ってくれるかもしれないという期待があったから。


 だが、こうして来てみると、思い描いていた場所とはまるで違う。名前は愉快なのに、気持ちは沈んでいくばかりだ。


「けど、止めたって嫌だ、絶対に行くって言って、全然言うこときかねぇし、それなら護衛つきで行かせてみたほうがいいかと思ってな。体験すれば、否応(いやおう)なくわかるだろう」


 マッシモが苦笑交じりに言う。そう、私はマッシモのとりなしで、ここへ来ることが出来たのだ。私はその通りだと心から思い、うなだれて謝った。


「ごめんなさい、私、必死だったのよ」


「大丈夫っスよお妃さま。オレたちでちゃんと守りますから」


 元気がなくなった私に、ガーグが力強く言う。私はほほ笑んだ。


「うん、ありがとう、すごく助かる。でも迷惑かけてごめんね……あ~あ、もう、どうしてジェズアルドは会ってくれないのかなあ」


 つい弱音がぽろりとこぼれた。ガーグはうなって首をひねったものの、わからないのか何も言わない。マッシモはといえば、油断なくまわりを見ながらぼやくように言った。


「あいつ、ああ見えて結構臆病なところがあるからな。何をするにも計画的で、まあ、細かくてうるさいって言えばそうなんだが……あんたのことは予想外だったんだろうさ」


 予想外のこと。ロレンツィオが鏡で見せたあの姿のことだろう。もしかしたら、ゆっくりと外堀を埋めつつ、時期を見計らってカミングアウトするつもりだったのかもしれない。私はため息をつきつつ、うなずいてつぶやくように言った。


「きっとそうだと思う。でなければ、あんなに毎日恥ずかしいこと言って口説いてきたジェズアルドが、てのひら返したように会いに来なくなるわけがないものね」


 心が決まったとたんに会えなくなるなんて、世の中どこでも、例え魔界であっても上手くいかないように回り道をするように出来ているのかな、と思ったときだった。


 目の前の茂みが、ゆったりと揺れた。私は立ち止まり、ごくり、とのどを鳴らす。


 そして、そこからにゅっと現れたものを見て、その場に固まってしまった。



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