【43 プペパポンペ】
「すごい、何かの古代遺跡みたい!」
赤と茶色ばかりの荒野が広がる中に、いくつもの円柱を積み重ねた神殿のような門が佇んでいる。まるで、かつて繁栄した古代都市の遺跡みたいで、私は思わず見惚れた。しかも、バックには朝焼けしているような赤い空。独特の濃い影が投げかけられた陰影に沈む門は、とても美しかった。
「言われてみれば、人間たちの世界にもこういうのあったな」
「そうッスね。お妃さまの故郷じゃないッスけど、もっと乾いた場所にあったッスね」
特に何の感慨もなくうなずき合うガーグとマッシモ。私は駆け寄って、よくその門を見た。まるでギリシャの神殿を半分に切り取ったみたいな感じだ。私はあたりを見回しながら中へと入る。そして、足をとめて、顔を引きつらせた。
――何か、へんな穴がいきなり前面に開いてるんですけど。
「ねえ、まさかこれに飛び込めとか言わないよね?」
「飛び込まない限りプペパポンペにゃ行けないぜ。移動魔法陣と仕組みは同じだよ。怖いんなら手をつないでてやる」
マッシモが爽やか笑顔で答えてくれた。私はやっぱりそうか、とうなだれる。ここから「プペパポンペ」へはどのくらいの距離があるのかはわからないが、距離があればあるほど、ジェットコースターの怖さ度が上がる仕組みなのはわかっている。
以前に一度だけ乗って二度と乗るものか、と決めたのだが、魔界が私にあの感覚を克服しろと言っているとしか思えない。私はマッシモを見た。正直、マッシモにつかまるのは湖でのことを思いだすので抵抗がある。それに、何と言うか、ジェズアルド以外にはあまりそういうことをしたくないのだ。
そんな私に、ガーグが笑いかけてくれた。
「オレも一緒っスから大丈夫ッスよ!」
そういえば、と私は思った。体は小さいが、ガーグだってここに落っこちてきた私を横抱きにして飛ぶだけの腕力があるのだ。そのことに思い至り、私はガーグのところへ歩み寄って手を取った。
「じゃあ、ガーグお願い、手をつないでてね。絶対に離さないでね!」
「わかったっス!」
「おいちょっと待て! ここは体格から考えて俺を選ぶべきだろ?」
「うん、まあ、その通りなんだけど、女性心理はめんどくさいものだってことだけ言っておくかな」
私の意味不明な説明に、マッシモは顔をしかめた。今の説明でわかってもらえるとは思っていない。言った自分ですら、不親切だと思う。だが、他に言いようがないのも事実だった。
「じゃあ、行くっスよ。調理する時間も欲しいッスから、早く行くッス」
「う、うん」
私はガーグに手を引かれて、ぐいぐいと謎の穴に近寄っていく。間近で見ると、まるで星空を切り取ったかのように、きらきらと何かが輝いている。とてもきれいだったけれど、やっぱりちょっと怖い。私はガーグの手を握っていることを確認した。
彼は、全く何のためらいもなく穴へ飛び込む。私はそれに引きずられるような形で穴へと頭から突っ込んだ。
◆◆◆
思っていたより、ジェットコースター度は低かった。途中、ガーグが羽根を出して飛んでくれたことも手伝って、内臓をシェイクされたような気持ちの悪さはあまり感じない。
「ふぅ、ありがとうガーグ」
「いえ、それより、ここがプペパポンペっスよ。場所としては、街の部分に当たるッスね」
「街? 街があるの?」
話を聞いていて、なんとなくごみの埋め立て地みたいな場所を想像していた私は、ガーグの言葉に驚いた。けれど、言われてみれば納得で、私の目の前にはかなりごちゃごちゃした街があり、見たことのない魔物たちが行き来している。
後ろを向くと、ガズルラーヴ城側の繋門とは作りの異なる門があり、マッシモが出てきたところだった。こちらの門は、フランスの凱旋門に似ている形状だ。もちろん、質感や素材なんかは全く違うし、苔みたいなのが生えているけれど、印象としてはそんな感じである。
そこから再び街に視線を戻すと、箱が歩いていたり、ボロボロの服を着た、あきらかに捨てられた人形が歩いていたりする。面白いことに、扇風機に手足が生えたようなものもいた。
街は全体的に、布や木片で作られていて、一直線にのびる大通りらしき場所には、色々なお店がある。ほとんど見たことのないものばかり売っている。にぎやかで、愛らしいように思えるのは、女の子向けの手芸ショップや、ファンシーショップと似ているからかもしれない。
「じゃあ、とりあえず街に行って「プウペパプペ」が売ってるかどうか見てみようぜ」
追いついてきたマッシモが言った。
「え、お店で売ってるものなの?」
私は思わず訊ねた。すると、マッシモはうなずいて、
「ああ、ある場合もあるし、ない場合もある。とれれば売ってるだろうが、結構人気があるらしくて、すぐに売り切れることもあるらしい。その場合は、あっちの山に行って自力で探すことになるが、売ってればそっちの方が楽だしな」
と、答えてくれた。
それはその通りなので、私は「そうだね」とうなずいて、歩きだす。私の両脇に、ガーグとマッシモが並ぶ。彼らの行動を見て、何か危険があるのかな、と思いつつ、街の入り口に立つ門番の近くを通りぬけようとしたとき、私ののどもとに槍が突きつけられた。
――え、何で? 私、何にもしてないのに。
焦って、木で出来た人形らしき門番を見ると、彼は作り物の顔をしかめ、厳しい声で言った。
「人間は立ち入り禁止だ!」