【42 謎の好物採取へ出発】
「それでは、くれぐれもお気をつけて下さいね。どのような危険があるかもわかりませんし」
マーラの不安そうな声に、私はうなずいた。
「ありがとう、でも大丈夫ですよ。ガーグも、マッシモだっているんだし、もちろん、ちゃんと気をつけます。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
マーラが不安そうな声で送り出してくれた。私は心の中で「大丈夫、なんとかなる、平気」とくり返しながら出発することになった。
時刻は早朝だ。
と言っても、空はあまり変化がないので、腕時計と空気に混じる冷たい湿気だけが朝を感じさせてくれる唯一のものだ。
それにしても、雨が降らないな、と私は思った。あちらにいるときは、うっとうしいくらいに良く降られたのに、ここに来てからというもの、一度も雨にあっていない。邪魔な傘を持ち歩かなくていいし、洗濯物もすぐ乾く。けれど、いかんせん埃っぽいし、私がここに呼ばれた意味とか意義とかがまったくないように思えて、ちょっと悲しかった。
持ってきた傘もただの飾りものと化している。
それに、昨夜は部屋について寝支度をしたらすぐに寝てしまった。どうやら予想以上に疲れていたらしい。何だかんだで毎日それなりにすることがあるうえ、さらにジェズアルドを追っかけて歩き、体が疲れてしまっていたようだった。
そのせいか、今日だけは朝食を自分で作ることは出来なかった。と言っても、城の料理長も私の作るものを見て、人間の食べものがどんな風なのかがわかってきたらしく、用意されたものはとても美味しかった。全て魔界の食材を使っていたけれど、色と形を除けばちゃんと目玉焼きにトースト、野菜スープだった。正直、食欲はそそらなかったけれど、美味しかった。しかも、料理長はお弁当まで作ってくれた。
ちなみに、料理長はケンタウロスだ。上半身は人間と同じ。肌の光沢と、毛質や、瞳の虹彩は独特だけれど、印象としてはちょっと話しかけにくい料亭にでもいそうな頑固な親父、といった感じの魔物だ。
そんな彼の作ってくれたサンドイッチのバスケットは、マッシモが持ち、私は魔界の魔動物&魔植物図鑑を手に、頭にクロスケをのっけている。服装は動きやすくて露出の少ないものにした。
私たちは、城の前に描かれている魔法陣へと足を向ける。と言っても、移動は魔法陣で行うわけではない。徒歩で行くのだそうだ。
「ねぇ、今回行くプペパポンペってどういう場所なの?」
やたらとパ行の多い地名をあげ、私はガーグに訊ねた。その謎の場所に、魔王の好物「プウペパプペ」とやらがあるというのだが、聞けば聞くほど妙に楽しい気分にしかならない。
しかも名前が無駄に似ているので、よく混同してしまってものすごく困る。とりあえず、名前をつけたやつを小一時間ほど問い詰めたくなるほどの言いにくさだ。何度プププだのポポポだのとどもり、言いそこなったことやら、数え切れないくらいだ。いつか絶対舌を噛むと思う。
それに、昨夜ミレーヌが言っていた人間を食べるという表現も気になる。
私はじっとガーグの返事を待った。説明しにくいのか、中々語り始めない。少しして、ガーグはようやく言い始めた。
「そうっスねぇ、どう説明したらいいッスかね。うん、何て言うか、面白い場所っス。魔物の中でも、いわゆる物に魂が宿った奴らの住処なんスよ。気のいい奴らも多いっスけど、逆に人間に捨てられた奴らは人間を呪ったりしますッスから、気をつけてくださいっス!」
「へ、へぇ~……楽しそうな怖そうな。それで、徒歩って行くって言うけど、そんなに近いの?」
「いえ、プペパポンペは魔界の中でもちょっと変わった場所なんスよ。魔界はひとつの大陸みたいな場所なんスけど、それ以外にも色んな亜空間とつながってるんス。プペパポンペはそのひとつっスね。そういう場所に行くには、移動魔法は役に立たないっス。専用の移動繋門からじゃないと行けないんス。でも、その繋門は歩いてすぐなんス」
ガーグは丁寧に説明してくれた。
私はたまに相づちを打ちながら、理解しようと必死に足りない頭を働かせる。さすがは魔界。私の薄っぺらい常識なんてみじんも通用しない。そもそも、空間と空間を移動するということからして、なじみがない感じだ。SFにでも出てきそうな印象である。
「あんまりよくわからないけど、繋門がそこへ行くための移動魔法みたいなものだと思えばいいかな」
「まあ、そんな感じでいいんじゃないか?」
大きな麻袋を持ったマッシモが請け合った。何でも「プウペパプペ」とやらを入れるにはそのくらいの大きさの袋がいるそうだ。どれだけ大きいのか、そもそも何の物体なのか。一応軽く調べてみたが、魔界動物図鑑にも、魔界植物図鑑にも載っていなかったのだ。
「ねえ、その「プウペパプペ」ってどんなものなの? 食べるって言うくらいだから、何かの動植物だとは思うんだけど、載ってないのよね」
「う~ん、どう言えばいいんだ。小僧、説明できるか? アレのこと」
「小僧って言うなっス!」
ガーグが噛みついた。いつものことなので、私は特に口をはさまない。マッシモはここに来てからと言うもの、ガーグのことは「小僧」、バルトのことは「首なし」と呼ぶ。他の魔物たちに対してもそうなので、あだ名で呼ぶのが彼のやり方らしい。ガーグもわかっているらしいが、やはり子ども扱いが気に入らないのか、必ず一回は反論するのである。
怒鳴ったあと、ガーグはやや困ったように首をひねった。
「「プウペパプペ」を説明……そうッスね、アレは動植物じゃあないッスね」
「え、じゃあ何なの? 動植物以外を食べるなんてことあるの?」
「あるっスよ。滅多にないッスけどね」
そう言って、ガーグは笑った。
「「プウペパプペ」は、生物の定義からは外れる存在っスけど、死んでるわけじゃないんスよね。何て言うか、魔法生物のようなもので、魔法そのものと言ったらいいっスかね」
「……ごめん、わかんない。もう、実際に見た方がいいかもしれないわね」
私は自分の理解力のなさに肩を落とした。小説や映画の知識では限界だ。ゲームとかはやったことがないし、アニメも見たことはほとんどない。基本は図書館利用ばかりだったのだ。
「そうかもしれないッスね。うまく説明出来なくて申し訳ないッス」
「まあ、俺もアレについては上手く説明出来る気がしねぇなあ。そら、そろそろ繋門が見えてきたぜ」
私はマッシモの声に、前方を見た。道なき道をただてくてくと歩いてきただけなのだが、それはこつ然と私たちの前に姿を現わした。私は思わず感嘆のため息をついた。




