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雨花の花嫁  作者: 蜃
第六話
41/64

【41 実り少なく会話終了】

「わたしは見たのよ! 大きな三つ首の黒い巨大な犬が、人間を頭からばりばりと食べているのを。怖くて怖くて、先も考えずに走ったら、塔と塔をつなぐ渡り廊下から落ちてしまったの。それでもあなたは平気なの?」


 問われても、私には何とも言えない。というよりも信じられなかった。あのジェズアルドが人間を食べる? そんな姿、全く想像もつかない。でも、考えてみれば魔物なのだ。今まで全く念頭になかったけれども、あのビビアーナだって人間の精気を食らって生きている訳だし。


 ただ、ここしばらく寝食をともにしている魔物の皆さんは、人間は食べないことがわかっている。


 人間が捕食対象となるのは、せいぜいロレンツィオとビビアーナくらいのものだろう。その彼らとて、食事量は極めて少ないのだとか。ロレンツィオの場合は、仲間の吸血鬼同士で互いの血を融通していたのだそうだ。だったら人間なんか噛む必要ないじゃないかと言ったら、同類の血は美味しくないと返されてしまった。


 しまった、話がそれた。私は、とにかく何か言わなければと思って口を開く。


「少なくとも、ジェズアルド……いえ、魔王に関してはその心配はないと思いますよ。肉は食べますけど、魔界の豚とか牛とか野鳥とか、あの空を飛んでる恐竜みたいなやつとかばっかりですし」


「……でも、わたしは見たのよ。だから、怖いの……でも、あなたに会えたことは嬉しいわ。だから、気をつけてね、食べられないように寝るときはちゃんと鍵を閉めて、お守りとか置いて、十字架とか聖書とか置いて……」


 ミレーヌはぶつぶつ言いながら、がたがた震えだした。私はそんなことしても撃退なんて出来ないだろうけど、と思いつつ、これ以上は無理かなと思い、振り返った。口パクで、今日は引き上げようと言いかけ、思わず口をつぐむ。視界の片隅に、バルトの兜からのぞく目が期待と不安に満ちているのを見てしまった。


 ――ど、どうしよう。


 背中を変な汗が流れていく。だけど、何やら震えだしたゴーストのミレーヌを見る限り、今日いきなりバルトを紹介するのは無理のような気がする。


 ――でももし、魔物じゃなくて人間の姿だったら?


 そう考えて、私はすぐに却下した。人間の姿になっていようといまいと、魔物は魔物だからだ。ただ、ジェズアルドが最初からあの姿でミレーヌに会ったのかどうかまではわからない。もし人間の姿で会っていた場合、逆効果になってしまうかもしれない。

 そのことを聞いてみたいが、そんなことをしたら過去の怖かった記憶がよみがえり、さらに怯えられる気もする。


 私がどうしたものかと悩んでいると、ミレーヌが遠慮がちに問うてきた。


「ねえ、また来てくれるかしら? わたし、いつもひとりで寂しくて寂しくてたまらなかったの。年も近いみたいだし、あなたのこともっと教えて欲しいわ。それに、怖くないという魔物さんのことも知りたいし、誰が怖くて誰が怖くないかとか」


「え、ええもちろん! いくらでも教えるわ。ひとりは寂しいもの、私もね、ずっとひとりのようなものだったから、ここに来て楽しいの。いつも、誰かがいてくれるって、わずらわしいけれど、嬉しくもあるし、ミレーヌさんも頑張ればきっと友だちが出来るはずよ」


 そう言うと、ミレーヌは嬉しそうに笑った。うん、美人だなあ。本当にうらやましい。


「そ、そうかしら。そうなれるといいんだけど……でも、楽しみにしてるわね」


 彼女はほほ笑みながら言い、すうっと暗闇に溶け込むようにして消えた。私はため息をついて、振り返る。と同時に、ものすごく落ち込んだ様子のバルトを見る羽目になった。私は慌てて、バルトと彼をなぐさめているマッシモのところへ駆け寄ると、急いで言った。


「ちょっと、そんなに落ち込まないで……今日はほら、少なくとも私からは逃げないことがわかったじゃない。これから出来るだけ毎日会いに来て、バルトのことも怖くないよって教えていくから! 何だか、すごく寂しそうだったし……外堀はゆっくりと埋めていかないと、ね?」


「そうそう、水紀の言う通り。いいじゃないか、その間に俺の口説き文句を学べば」


 マッシモがよくわからないことを言うが、私はあえて突っ込まなかった。


 バルトは兜の間の目をうるませ、大きな体を丸めてうなずく。


「わかってはおるのですが、やはり……我は彼女にとって恐ろしいものなのでしょう。そう思うと、もう動いていない心臓が痛むのです」


「えっと、何か……役に立てなくてごめんなさい。でも、時間はかかると思うけど、きっと話せるようになると思うの。だって彼女、何だか寂しい寂しいって言ってたから、話相手が出来ればきっと喜ぶと思うんだ」


「そうですか……ああ、もどかしいです。我が側に行って、いつもあなたのかたわらにおりますから、寂しくなどないと言ってやりたいのに」


 そう言うと、抱えられた兜がかたかたと動く。泣いているみたいだ。涙らしきものは出てきていなけれど、私は「うん、そうだね」とだけ返した。苦しんでいるバルトに、かけることのできる言葉を私は知らない。余計なことなら、言わない方がいいと思ったのだ。


「……さて、じゃあ今日は一旦寝に戻ろうぜ。不死者系の魔物と違って、俺は眠いし、水紀だっていいかげん眠いだろう?」


 重苦しく沈殿した空気を洗い流すようなマッシモの声がした。私には救いの声に聞こえた。実際、体は重いし、明日のことやジェズアルドのことを考えると、休みたかった。

 それに、ミレーヌのことはあまり心配していなかった。時間はかかるが、いつか打ちとけることができる気がする。何より、彼女は前向きな答えを返してくれたのだから。なので、私はマッシモの声にうなずいた。


「うん。そうだね……バルト、その、明日もあるから」


「わかっております。それでは、我もお部屋までお送りいたします」


 やはり、いつもの覇気がない。あのうるさいくらいの覇気がないと、何だかバルトじゃないみたいだ。私はひとり心の中で、きっと大丈夫と繰り返した。今は色々とこんがらがっているけれど、そのうちにほどける日が来る。


 ――だからきっと大丈夫。


 マッシモとバルトに付き添われて歩きながら、私はジェズアルドと話が出来る日が早く訪れますように、バルトがミレーヌと話せる日も早く来ますようにと祈った。



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