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雨花の花嫁  作者: 蜃
第六話
40/64

【40 怖がりゴーストの正体】

「……おお、美人」


 マッシモのささやきが耳に入る。私も同じ意見だった。バルトがそわそわしている。なんとなく彼の気持ちはわかる気がした。


 現れた女性は、どう見ても日本人じゃなかった。きれいな金の髪に、彫りの深い憂いに満ちた顔立ち。以前にここに来たときに着させられたドレスと良く似た服を着ている。体の線は優美な曲線を描いていて、うらやましいほどスタイルがいい。セクシー、とでも言うのだろうか、まるで映画にでも出てきそうなゴーストだ。


 私は、言葉が通じるのかどうか不安になりつつ、声をかけてみることに決めて、後ろにいた自分よりも遥かに大柄なふたりに言った。


「とりあえず、行ってくるけど……くれぐれも私が合図するまで姿を見せちゃだめだからね」


「はい……お願いいたします」


「了解、じゃ、後で詳しく報告してくれよな」


 私はマッシモには冷たい目を向け、バルトには励ますようにうなずいてから足を踏み出した。結界は、私を異物とはみなさなかったのか、するりと通り抜けられる。彼女は、自分の墓石に腰を下ろして、悲しそうに顔を歪めている。


「……こんばんは」


 私はそっ、と声を掛けてみた。案の定、彼女はびくっと震えて、消えかける。私は焦ったが、あえて声を張り上げずに、静かに、問いかけるように訊ねた。


「少し、お話してもよろしいですか?」


「あなたは……?」


 返ってきた言葉は日本語だった。私はほっと胸をなでおろして、話し続ける。


「私は最近この城に連れてこられた者で、人間です。ここに、人間のゴーストが出るというので、お会いしてみたいと思ってやって来ました。名前は水紀です。工藤水紀」


 女性は私の自己紹介を聞いて、しばらく不安そうに顔をしかめていたが、人間だと告げたとたん、泣きそうな表情になった。そのまま、石から下りると私の側まで歩いてきて、ほほ笑む。ものすごくきれいな笑顔だった。


「そうなの、わたしはミレーヌと言います。出身はフランスです……もうずいぶん前にここに連れて来られて、死にました。人間とお会いするのはこれが初めてだわ。とてもうれしい……ああ、触れられたらいいのに」


 ミレーヌと名乗った女性は嬉しそうに手を伸ばしてすぐにひっこめた。抱きつきたそうな顔をしているが、ゴーストの身体ではすり抜けてしまうらしく、ひどく残念そうだ。


「あの……もしかして、あなたも魔王の妃として連れてこられたのかしら?」


 ふいに、ミレーヌはどこか気の毒そうな顔で訊ねてきた。私は反射的に答えた。


「え、はい。そうなんです。いきなりのことでかなり驚きましたけど、今ではだいぶ慣れました。魔物の皆さんも、見た目は怖いけど話してみるとそんなに怖くなくて、まあ、中には人間なんか嫌いだって感じの魔物さんもいますけどね」


 そう言うと、ミレーヌは驚いたように口に手を当てた。私は言ってから、彼女のことばにひっかかりを覚える。


 あれ? ……今、あなた「も」って言わなかった。と言うことは、まさか――。


 私は笑顔が引きつるのを感じた。と言うことは、目の前で話す美人はジェズアルドの先妻だったのだ。そのことに気づくと、心臓を冷たい手でぎゅっ、とつかまれたような感じがした。ものすごく嫌な気持ちになる。この感情は知っている。私は深呼吸して、なんとか笑顔を浮かべ続けた。


 そんな私の内心の葛藤などおかまいなしに、彼女は嬉しそうに言葉をつづける。


「まあ、すごいのね。わたしは怖くて怖くてたまらなかったわ。ある日突然、足もとが崩れてここに連れてこられて、それまでの生活がうそみたいなもてなしを受けたけれど、きっと食べるために太らされているのだと思ったわ。いつ頭からかじられて殺されるかって考えたら、怖くて夜も眠れなかったのに……あなたはそんな魔物たちと打ち解けているなんて、すごいわ」


「え? そ、そんなことないですよ。そもそも、最初に会った魔物がすごくいい子だったし、その後に会った首なし騎士も豪快で楽しい魔物だったし」


 つぶやいて、私はやっとバルトのことを思い出した。そうだった。ここに来た理由を忘れていた。だが、待てよ、と思う。彼女はジェズアルドの先妻……そんな人に恋してバルトは大丈夫なのかなと思う。私はやや考えた挙句、別にお話するだけならいいだろうと結論づけた。


「そうなの……でも、わたしはきっとだめね。ものすごく怖がりなのよ。小さいときに、いたずらで森に置き去りにされたことがあって、それ以来だめなの。でも、考えてみればもう幽霊になってるんだもの、自分で自分を怖がっているようなものよね」


「そうですよ、怖がることなんてないです。そうだ、せっかく知り合えたんですし、私の友だちともお話してみませんか? 魔物ですけど、優しい方ですから、だって、ずっとここにひとりぼっちだなんて、きっと寂しいですよ」


 何とか説得しようと、私は言葉を重ねる。バルトの期待の眼差しが背中に刺さってくるような気がした。ミレーヌは、困ったように眉根を寄せて口を閉じた。やはり怖いようだ。


「そうね、寂しいわ……ねえ、あなたは怖くなかったの? 会ったんでしょう、魔王に」


「ええ、怖くないですよ。むしろ優しいと思いますけど」


 私は答えて、それまでの表情から一変、暗い顔になったミレーヌをじっと見つめた。何か言いたそうにしているけれど、ひどく言いにくそうに、口を開けては閉じ、を繰り返している。どう声を掛けたら良いのか迷い、しばらく様子を見ていると、彼女は何かを振り切るように言った。


「じゃあ、魔王が人を食べているのを見たことがある?」


 私はその言葉に凍りついた。



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