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雨花の花嫁  作者: 蜃
第六話
36/64

【36 避けられて追って】


 ロレンツィオの城から帰還して、一週間が経った。帰ったときには、皆疲れ果て、傷ついてもいたけれど、そこは魔物。すでに皆元気にいつもの日常をとり戻している。


 ただひとつのことを除いては……。


 朝食の席。


 ジェズアルドに頼んで、調理してすぐに食べられるよう、厨房の片隅に置かせてもらったテーブルには、今日もガーグとマッシモが座っている。バルトが顔を出すこともあるけれど、彼は食事の必要がないので、話をしていくだけだ。


 ガーグは肉食、マッシモは体格に似合わず草食なので、一応どっちにも合わせて作っている。そして、いつもだったら必ずいるはずの姿がなかった。


 ジェズアルドだ。


 彼も肉食なので、いつもは肉を使ったあれこれを用意しておくのだが、ここ数日全く姿を見せなくなってしまったため、今日は用意をしていない。いつも事前にバルトが教えてくれるので、用意する必要があるかどうかがわかるのはとても助かる。


 でも、いつも仕事を放り投げてはやって来て、甘すぎて脳を砂糖漬けにする気かと言いたげな言葉を投げかけてくるのに、ここ数日はろくに言葉もかわしていない。私は正直、寂しかった。


「今日もおいしかったッス、お妃さま、どうしてこんなに料理上手なんスか?」


「え、そうかな? ふつうだと思うけど……料理くらいは出来ないと生活出来なかったからだと思うよ。でもありがとう」


「謙遜することないと思うぜ、この草の味付けとか最高だ」


 マッシモは言って、山盛りにしたサラダをもりもりと食べる。ドレッシングを作ったくらいでそんなに大した手間はかけていないのだが、さすがは牛、良く食べる。なぜか彼を見ながら、牧場で草をのんびりと食む牛を思い出して、私はほのぼのとしてしまった。


「ねぇ、あの……ジェズアルドって今忙しいの?」


 私はガーグに訊ねてみた。彼は水を飲みながら、首をかしげた。


「いつも通りだと思うっスよ。オレは魔王様付きじゃないからわかんないんスけど、そういえば、最近ここに来ないっスね、魔王様」


「ついに水紀を諦めることにしたか。俺の勝ちだな、これで世話係が手に入る」


 ばりばりと野菜を食べながら勝ち誇ったようにマッシモが言う。私はふと、うんざりしながらずっと気になっていたことを聞いてみた。


「あのさ、世話世話って言うけど具体的に私になにさせるつもりだったの?」


「ん、そりゃあお前、世話って言ったらブラッシングだろ。外で水を浴びて、ブラシでこすって体を綺麗にするんだよ。配下の魔物どもだと繊細な力加減が出来なくてな、以前ここに落っこちてきた人間を拾って世話させたらすごく上手くてびっくりしたんだ。そいつはもう死んじまったけど、俺に拾われて嬉しかったって言ってたな」


「ふぅん、何だ、世話ってそういうことだったの。それなら暇な時にやってあげてもいいわよ」


 私は自分のごはんを口に運びながら言った。ちなみに、私が自分用に作ったのは、ごはんと味噌汁に、きゅうりの浅漬け、市販の納豆、卵焼きだ。後でお茶を飲む用意もしてある。明日はパン食にしようかな、などと考えていると、マッシモが衝撃を受けたように言う。


「い、いいのか?」


 私は思わず食べる手を止めて、マッシモを見た。何か、目が血走ってて怖いんですが。


「本当にいいんだな? ブラッシング……」


「べ、別にいいわよ。どうせ暇だもん……まあ、体調悪いときとかはダメだし、毎日は大変だから無理だけど……」


 そう言ってやると、彼は放心したような表情になり、動かなくなってしまった。そんなに喜ばれるとは思わず、私はもしもへたくそだったらどうしようと内心不安に駆られた。


 けれど、それよりも今は……。私は空席を見つめて、決心した。


「ガーグ、後片付けが終わったらマーラと一緒について来てくれる。ジェズアルドとどうしても話をしたいの」


「もちろんっス! じゃあオレ、マーラさんに声かけてくるっスね」


「うん、お願いね」


 私は言ってほほ笑むと、出ていくガーグを見送り、放心状態のマッシモは無視して食事をつづけた。何としてでも、ジェズアルドを捕まえて話をするのだ。そう決めたら、食欲が湧いてきた。私は用意した食事を全て平らげ、急いで後片づけに向かった。


 ほどなくしてガーグがマーラを連れて戻ってきた。それからは三人で後片づけをしたので、思いのほか早く済ませることが出来たのだった。



 ◇



 ――つ、捕まらない……。


 私は目玉がぎょろつく廊下の壁に手を掛けて、ぜいはあと息をした。これが漫画だったら、顔に縦線が大量に描かれて青ざめてる状態に違いない。アホ毛も何本か飛び出てると思う。


「何だか、魔王様、お妃さまを避けてるみたいッスね……何かあったんスかね」


「だよね、じゃなきゃこんなに捕まらない訳ないわ」


 私は今、ガーグとマーラと一緒に廊下を歩きながらぼやいた。


 最初はまず、いつもいる大広間に行ってみることにした。けれど、いたのは掃除している魔物のみで、ジェズアルドの行方をたずねたら、会議室だと言う。すぐにそこへ向かったのだけど、会議は少し前に終わったという。同じく行方を訊くと、食堂じゃないかというので戻ったら、もう食事を終えて外に出かけたと言われたのだ。


 ものの見事にすれ違いまくりである。ここまで来たら意図的に避けられていると考えるのがふつうだ。だけど、避けられるようなことをしたつもりはない。もしかしたら……ロレンツィオの城で、様子がおかしかったことと何か関係があるのかもしれないと私は思った。


「どうしたんスかね、いつもだったら仕事が終わると率先してお妃さまのところに来るのに」


「……うん、その理由を知るためにもどうしても話をしたいの。……よし! こうなったら手分けして捕まえましょう。見つけたら私の部屋に連れてきてもらえる? 私もあちこち探してみる」


「わかりましたわ」


「了解っス!」


 ふたりとも返事をすると、私なんかじゃ足もとにも及ばない速度で去っていく。


「さて……と」


 腰に手を当てて、ため息をつくと、私は歩きだした。さすがに走り回ったので、ちょっとわき腹が痛いのだ。落ち着くまでは走るのはやめよう。そう決めて、広大なガズルラーヴ城のどこにジェズアルドがいるか考える。


 が、なかなか思いつかない。と言うのも、いつも向こうからやって来るのが当たり前になってしまっているせいで、彼の行動範囲がわからないのだ。仕方ないので、見かけた魔物たちに聞いてみようと思いながら、私は歩きつづけた。



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