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雨花の花嫁  作者: 蜃
第五話
35/64

【35 決着~帰還】

 ジェズアルドは叫んで、てのひらに火の球を生み出した。その火の球から、炎がいくつものロープとなって飛びだし、見ている前でムチの形をとる。ジェズアルドは、それを勢いよく振った。途端、飛び散った火の粉が、薔薇のつるにふりそそぎ、そこから燃えはじめる。


「くそっ!」


 ロレンツィオの舌打ちが聞こえた。


 やがてバルトをがんじがらめにしていたつるは燃え尽き、枯れ落ちる。解放されたバルトは再び大剣を振るってつるを切り払う。


「魔王様! 申し訳ありませぬ!」


 大きな声で詫びを言うバルト。その後方から、マッシモの砂がじりじりとつるを覆い、ゆっくりと枯らしていく。気づくと、部屋を埋め尽くさんばかりにはびこっていたつるが、凄まじい早さで消えていく。


 ロレンツィオは笑みを消し、口の中で何ごとかをつぶやきだす。私にははっきりとは聞こえなかったけれど、何か嫌な予感がした。聞きなれたものとは違い、かなり長いが、それは魔法を使うための呪文のように感じたのだ。


 幸い、足もとにはびこっていたつるはかなり無くなっている。私はとっさに走り出した。


「「お妃さまっ!」」


 焦ったようなバルトとガーグの声。それでも私は急いで走った。


 ジェズアルドの元へ。


 そんな必要はなかったのだと思う。でも、体が勝手に動いてしまったのだ。脳裏を、最悪の想像がよぎる。私は急いでジェズアルドとロレンツィオの間に割って入るように立った。


 ――ジェズアルドがあれに飲みこまれて消えたりしたら……!


「水紀?」


 やがて、ロレンツィオの両手の間に、ぽっかりとした闇が生まれるのが見えた。後ろで、ジェズアルドが息を飲む音がした。


「どけ、水紀! ここにいては……」


 焦燥に彩られたその言葉を、私は最後まで聞くことは出来なかった。とっさに目の前にかざしたハリセンに、ロレンツィオが放った闇がぶつかるのがわかる。同時に、両手にびりっと電気が走ったような痛みを感じる。まるで静電気を十倍にしたみたいな痛さに、私は思わず悲鳴をあげる。


 例えるとしたら、全力で思いっきりひっぱたかれた、というくらい痛い。


「きゃああっ!」


 体は、すぐ後ろにいたジェズアルドが受け止めてくれた。


 が、宙に放られたハリセンは、そのまま闇の水晶玉みたいなものとぶつかり合い、激しく火花を飛び散らせながら、その白い部分を闇へと染めていく。やがて、完全に闇に染まりきると、ハリセンは砕け散ってしまった。そして同時に、闇の水晶玉も消滅した。


 砕け散ったハリセンは黒いきらきらした光の粒となり、私の前に降り注ぐ。綺麗だった。私は思わず手を差し伸べて、その残がいとも呼べる光をてのひらで受け止める。


「そんな……」


 脱力したようなロレンツィオの声がした。彼はそのまま、崩れ落ちるように座り込むと、うつむいて動かなくなってしまった。


 私は彼のようすを見て、それが最後の攻撃だったのだとさとった。――でも、どうしよう。私は絶望的な思いで、抱きとめてくれているジェズアルドを振り返った。


「ハリセンが……どうしよう、これじゃあ封印出来ない」


 今が千載一遇のチャンスなのはどう見ても明らかだ。けれど、肝心のハリセン……というか封魔扇がなければ、どうしようもない。


「……それなら恐らく、何とかなると思う。水紀、試しにあいつにげんこつをくらわせてみてくれないか?」


「……はい?」


 私は思わず聞き返した。しかし、ジェズアルドは真面目な顔でもう一度同じことを言った。私は、疑い深いまなざして彼を見やり、どうすべきか考えた。


 ロレンツィオにげんこつを落とすことについては異論は全くない。クロスケが活躍し、バルトがマッシモと駆け付け、ジェズアルドとガーグが来てくれなければ、私は今頃吸血鬼の仲間入り、などというろくでもないことになっていただろう。


 お返しにちょっとくらいし返しくらいはしたい。


 でも、それで封印が出来るとは思えない。


「さあ……やってみてくれ」


 言って、ジェズアルドは体を離した。私は困惑しつつ、ロレンツィオに歩み寄り、右の拳をにぎりこむ。誰も何も言わないし、咳ひとつしない、静寂に包まれた中で、あの姿見だけが、ブゥンという家電製品がたてるみたいな音を立てている。


「じ、じゃあ行くわよ!」


 私はうつむいたロレンツィオを見て、ちょっと可哀想に思いながらも、ごんっ!と頭のてっぺんにげんこつを落としてやった。すると、彼は途端に紙袋を押しつぶしたようなぼふっ、という音とともに赤の腕輪に吸い込まれて消えた。


 マッシモのときと同じように、腕輪は輝きはじめ、やがて小さな小瓶になり、私のてのひらにころり、と収まった。すると、中から小さなキィキィという声があがる。よく耳を澄ませてみると、ロレンツィオらしき声が、出せとか何とか言っている気がする。


 私は聞かなかったことにした。


 マッシモのときとは異なり、出してやる必要はないからだ。それに、また出して血を狙われたら困る。そこらへんをよく話し合って、ジェズアルドやバルト、ガーグらに防護策がないか相談してからでないと怖くて出せないし……。


 そんな訳で、なぜか封印は成功した。私はふしぎな思いで振り返って、小瓶を皆に見せた。


「あの、何か封印出来ちゃったんですが……?」


「やはり、思ったとおりだったな。その手についている封魔扇の粉を媒介にして、魂を中継させられると思ったのだが……それにしても、まさかこんな簡単に行くとはな」


「お妃さますごいっス!」


「流石ですな、魔王様が直々に選ばれただけのことはある」


「それでこそ俺が世話係に望んだ女だな」


 皆したり顔で言ってくる。私はそれらの賛辞に対し、非常に気まずかった。まったく全然大したことをしていないのに褒められるとか、ばつが悪すぎるんですけど……。


 穴があったら入りたい心境になったのはここ最近では久しぶりだ。お願いだから、不相応なことで持ち上げないでくれないだろうか、と言いたいけれど、今までのことを思い出して口をつぐむ。ここで否定したら、もっと褒めそやされるのだ。


 私の頭の上でクロスケが跳ね、すべてが終わったことを確認して安心したのか。他の小さな魔物たちも姿を現して私をきらきらした目で見てくる。本当、お願いだからやめて……。


 私は困惑しつつも、ジェズアルドの側へと歩み寄り、ぎこちなく笑いかけた。


「と、とにかくこれであとは一体だけになったね。私のせいでこんなことになったのに、ありがとう、皆も後少しだけお願いします」


 そう言って、頭を小さく下げた。


 ジェズアルドは、困ったように笑いながら私の頭に手を伸ばした。私は逃げなかった。けれど、その手は寸前でぴたり、と止まった。ジェズアルドの目が、一瞬姿見をとらえたことに、私は気づくことが出来た。彼は熱いものにでも触ったようにすぐ手を引っ込めると、言った。


「さあ、全て済んだのだ……城へ戻ろう」



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