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雨花の花嫁  作者: 蜃
第五話
31/64

【31 薔薇の姿見】


「ようこそ、僕の城へ。そういえば、君にはまだ名前を言っていなかったよね。僕はロレンツィオ。よろしくね、水紀」


「よろしくして下さらなくて結構です」


 私は即答した。


 血を吸う男によろしくされても正直嬉しくないよ……。


 けれど、私の答えに対する彼の反応は、余裕たっぷりのほほ笑みだった。


 彼は何やら妙なポーズを決めて立っている。これみよがしに赤い薔薇を持ち、左手は腰に当てて立つ姿は、どこかナルシストっぽい。とりあえず、私にはその奇行は理解不可能です。彼――ロレンツィオは中性的な美しい顔に妖しい笑みをたたえたまま、含みのある声音で言った。


「ふふ、まあそんな態度をとれるのも今のうちだけさ。そのうち僕の言うことを聞くようになる、そうなったらそんな口は聞けなくなる。今のうちに好きなだけ言っておけばいいさ」


 やや掠れのある甘い中音の声。ジェズアルドで慣れていたから良かったものの、たいていの世の女性は落ちそうだ。


 だけど、と私は思った。ウザい。心底ウザい。いや、顔も綺麗だし、ポーズもばっちり決まっているし、ちゃんとそれが似合っているのは分かっている。でもウザい。とにかくウザい。私は鳥肌を立てながら、暖炉に突っ込まれていた棒――多分、名前は火かき棒――を構えて問う。


「そんなことより、あのサキュバスは何? あれは貴方の手下なの? ジェズアルドとガーグはどうしたのよ!」


 言ってみて、心に不安が影を投げかけたのを感じた。


「さあね。魔王は今頃ビビアーナが精気を奪っているかもしれないな、ガーグとやらは知らないが、まあ似たようなものだと思うよ。君の言ったとおり、彼女は僕の大切なしもべだ。僕が封印されている間、魔王の城に乗りこんで助けようとしてくれたそうだよ。まさか妃にされるとは思わなかったみたいだけどね。でも、結局は僕を見つけ出せなかったと言って、悔やんでいたよ」


 遠い目をして語るロレンツィオ。私は陶酔状態の彼の表情を見て、怒りがこみあげた。でも我慢する。ここでただ怒って、怒鳴っても何の解決にもならない。


 ジェズアルドとガーグのことは心配でたまらないけれど、私が暴れて何とかなるくらいなら、とっくの昔に何とかなっているだろう。


 武器も奪われ、反撃のための手段もなにひとつ思いつかない。情けなくて、悔しくて、思わず目に涙がにじむ。大切なときになにも出来ないなんて、こんなに悔しいことはない。


 すると、そんな私のようすに気づいたのか、ロレンツィオが気遣わしげに言う。


「余計なことは考えないほうがいいよ」


「考えるわよ! 心配だもの、私があなたより強ければ殴ってるか蹴ってるところよ!」


 思わず叫んでしまった。大きく息をして、涙のにじむ目でロレンツィオをにらむ。


「ふぅん、君は魔王に心を奪われた訳だ。そうか……ねえ、君は彼の本性が何だか知っているかい?」


「本性? 何のこと?」


 私が問うと、ロレンツィオは唇を笑みの形に歪めて言う。


「今は人間に化けているけれど、彼は獣だ。魔獣だよ、人間型の僕とは違う。それでも君は魔王を愛することが出来る?」


 当たり前、と言いそうになって、私は思いとどまった。ガーグのことを思い出したのだ。最初に見た彼の姿は、結構きついものがあった。魔物を見慣れた今でなら平気だけれど、あの姿をした存在と結婚すると考えただけで、ありえないと思っていたことを。


 だから、拒否しつづけてきた。


 マッシモだって、あの牛の姿を知っているから、どんなに甘い言葉をささやかれても心がぐらつくことはない。もちろん、友だちにはなれる。でも、恋人……ましてや、夫婦になることに対しては、ひどく抵抗があった。


 声の出なくなった私を、ロレンツィオは実に楽しそうに見る。


「知らないんだね。それじゃあ、見せてあげるよ」


 彼はほほ笑みを浮かべたまま、右手をすっと差し出した。


 なにをするつもりなのだろうと思いながら、火かき棒を構えて見ていると、そでの間から、薔薇の茎がしゅるしゅるとのびてきて、ある形をつくりだす。つる薔薇なのか、細い茎がからまりながら楕円形に変化していく。


 やがて完成すると、ちいさくふくらんでいたつぼみが開き、淡い紫の薔薇がいくつも咲き誇る。その薔薇からも、芳醇な芳香が立ちのぼり、私は思わず目まいがしてきた。その香りのもとになっている水蒸気のような霧が、つるでできた楕円の中央に集まると、ピィンと音を立てて、まるで紫がかったガラスをはめたみたいな物体へとなった。


「闇の晶石を集めた鏡だよ。ここには、あらゆる過去のできごとが映しだされる……さあ、望むがいい。君の知りたいことを」


 私は彼の言葉を聞きながら、見てはいけないと思った。


 知りたいことは、ひとつだけじゃない、けれど、私はそこにまるで根が生えたみたいに立ちつくしていた。動けない。知りたいという欲に突き動かされ、私は鏡を見てしまった。


 やがて、最初に映ったのは魔界ではなく、私が暮らしていた場所。けれど、街のなかではなく、会社でもなく、小さなアパートでもない。


 黒や灰色でできた長方形の石が立ち並び、ときどき煙がゆらりとあがる場所。


 お墓だった。



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