【3 首なし騎士】
「悪趣味……」
私は小声でつぶやいた。
本物なのかそうじゃないのかはわからないが、入口のやたら大きな鉄製の扉の周囲に飾られているのは、人間の頭がい骨だ。そのまわりの壁には、苦悶の表情を浮かべた人が積み重なっている光景が浮き彫りにされている。
よくキリスト教や、仏教で地獄だの煉獄だの言われているあんな感じの光景が、丁寧に素晴らしい技術で彫られているのだ。
技術の無駄遣いもいいところだよ、どうせならもっと綺麗なものを作るのに心血注ごうよ、恐怖心をあおるような部分に凝らなくてもいいじゃないよ、と内心突っ込みを入れつつ、門番のところへ歩いていったガーグを見やる。
門番は、ガーグと同じような真っ赤な2足歩行する鳥だった。ガーグとは違い、ちゃんと体が羽根に覆われているので、気持ち悪さは感じない。
それに、鷹や鷲のような猛禽の顔はなんだか凛々しくて格好いい。じっと見ていると、門番の金色の目がこちらを見る。
私はどう反応して良いのかわからなくて、彼と真っ向から見つめあった。
すると、彼(なんとなくイメージで男性のような気がしたので)はなるほど、とでも言いたげにうなずいてから、扉の横に設置されていた鐘についたひもを引いた。
結婚式会場などで聞いたことのある、ガランガランという音を何倍にも大きくしたような、私の耳を使いものにならなくする気かと怒鳴ってやりたいくらい大きい音が響く。
思わず顔をしかめて耳を押さえる。
すると、扉が重苦しい音をたててひらいた。それを見ていると、ガーグが小走りに寄ってくる。
「扉が開いたっス! 行きましょう」
「え、ええ」
私はうなずいて、彼に手を引かれるまま、その不気味な城へと足を踏み入れた。
◆◆◆
中は思っていたより不気味だった。想像を超えてくれなくていいよ、とますます吐きそうになりながら進む。内部は薄暗く、壁には大きな目玉がくっついてこっちを見ている。
ううう、気持ち悪いよう、帰りたいよう。
こんなとこ住んでる化け物のお妃だなんて嫌だよう。
私はなるべく目玉を見ないようにしながら進み、通路を照らす緑色の鬼火っぽいものを頼りに足を前に出す作業に集中する。だいたい、なんで緑色なのだろう。ふつうにオレンジ色の炎でいいじゃないかと思いながら、私は薄気味の悪い通路を通り過ぎて、毒々しいムラサキ色の手すりがついたらせん階段をのぼる。
外観から判断して、この城はいくつもの塔が集まってひとつのお城になっているらしい。
今いるのは手前の小さな塔だろう。やがて、ガーグはらせん階段の途中にいくつかあった入口をくぐり、吹きさらしの通路に出る。
強い風が吹きつけ、私は慌てて手すりにつかまってぎょっとする。なんか、むにゅっとしたんですけど。とはいえ、つかまらないでは進めないから、目をそらす。見たくない見たくない。
目をそらしながら通路を渡り切ると、前方を何かが歩いてくるのが見えた。〝誰か〟ではなくて〝何か〟なところが、ここが魔界とやらであることを妙にひしひしと感じさせる。
「おお、ガーグではないか。ということは、もしやその方が魔王様の最も待ち望んでいた娘か?」
それは興味深そうに私をながめて問う。いや、ながめると書くのは不適切だった。なぜなら、目の前の全身鎧姿の彼には、首がない。彼は、すぐにわきに抱えた自分の首らしきものがかぶっている兜の目の部分をスライドさせて開けると、そこから改めて私をながめた。のぞく目は青い。顔は判別不可能なので、視線だけが私に突き刺さる。あの、なんか嫌なんですけど……。
ちなみに、声は渋い壮年男性のそれである。
彼はデュラハンだろう。最近ファンタジー漫画で読んだことがあるような気がする。いや、映画だったかな。そうだ、映画だった。海外の某有名男優が出ていたから見たのだ。
映画はとても面白かったけれど、別に現実に首なし騎士を見たかったわけじゃない。
「はいバルトロメオ様! オレがお世話をするようにって魔王様が直々にご命令して下さいましたっス。オレ嬉しくて、それで、お妃さまを迎えに行って、今から魔王様にご挨拶に行くんス」
「そうかそうか。では我もともに行くとしよう。娘さん、お名前は?」
「……み、水紀です、よろしく」
そう言うと、デュラハンのバルトロメオは呵々大笑し、私の肩をばしばし叩いた。
痛いっつーの。
「おお! よろしく頼みますぞ、ミズキ殿! 我のことはバルトと気軽に呼んで下され。よろしければ、ぜひ後で我が愛馬のティフォーネにお乗り頂きたいものですな。名前の通り、あなたを台風に巻き込むように所定の場所に移送してさしあげられますぞ」
「は、はあ。ありがとうございます」
私は、自分より縦も横もはるかに大きいバルトの言葉にそう返して、さらにぐったりした。先ほどの移動魔法といい、このデュラハンのいう馬といい、ここにはアクティビティまがいの移動手段しかないのかよと怒鳴りたい気分だ。
「では、行きましょうぞ」
「行こうっス!」
非常にテンションの高いふたりに向け、私はげんなりしつつうなずいたのだった。




