【28 水紀の答え】
「余はお前が好きだぞ」
返ってきた答えはずいぶんあっさりしていた。私は思わず微妙な顔になる。
「何か、軽いような気がするんですが……?」
思いっきり友だち感覚の「好き」に思え、私は言う。
「軽く言ったつもりはないのだがな。それに、ここしばらく一緒にいてみて、お前ならもしかしたらと余は思っている。まだ何かが足りないというのなら、その何かを言ってくれ。そして、なるべく早く返事が欲しい、いつ返事をくれる?」
魔王は真摯な目で私を見ながら言った。この半月ほど、かなりの時間一緒にいたので、少しわかったこともある。彼は、うそはつかない。
それに、答えを引き延ばすのもなんだかつらくなってきた。たかが半月だが、その間に起こった幾つもの出来事、特にマッシモとの戦いは、私にとって色々と衝撃を与えたのだ。
今まで、日本とそこから見える世界しか知らなかった。魔界という場所を知り、ゆっくりとではあるが世界は自分の認識に収まるようなものではないという感覚が生まれつつある。
幸せを追い求めるのに、生きる場所は関係ないのかもしれない、という思い。自分らしくさえあれば、きっとそれはどこでもいい。それが魔界であっても、だ。
私は決意をこめて、言った。
「わかりました。なら、ビビアーナさんのことに決着がつくまでには、答えを出します」
「そうか。では、色良い返事を期待している。どちらにしたところで、ここから帰すつもりはないが、無理強いをしたくはないからな」
魔王はそう言うと、私に近寄り、額に唇を落とした。一瞬、何が起こったのか分からず、何度もまばたきを繰り返す。
「……っな、何するんですか!」
驚いて叫んだ私を楽しそうに見て、魔王は言う。
「妃にキスしただけだ。そうだ、今度からちゃんと名前で呼べ」
「え?」
「ジェズアルドと名前で呼んでくれ。別に大したことじゃないだろう? いつまでも魔王のままでは他人行儀すぎるからな」
それは確かにそうかもしれない。けれど、実際に名前を口にするのはなんだか恥ずかしい。私は困惑しつつも、とりあえず言ってみた。
「ジ、ジェズアルドさん」
「さんもいらぬ。ジェズアルドで良い」
ますます困惑するようなことを言う魔王。いや、ジェズアルド。私は半ばあきらめ気味に、これも慣れだと自分に言い聞かせてもう一度名前を呼んだ。
「ジェズアルド、でいいですか?」
「ああ。これからはどこでもそう呼べ……では、余は仕事に戻ることにしよう。長いこと邪魔してすまなかったな」
「あ、いえ、その……お話が聞けて嬉しかったです。言いにくいことを教えてくれてありがとうございました」
私は立ち上がったジェズアルドに慌てて言った。実際、とても言いにくいことのはずだ。心の傷を教えて、と言っているようなものなのだから。それは同時に、つらかった記憶を思い出すことになる。私だったらきっと泣いていた。
「いや……済んだことだ。逆に、お前は聞いていて不快にならなかったか?」
「そ、そんなことありません」
「そうか」
彼はそういってやわらかにほほえむと、部屋を出て行った。私はしばらく動けなかった。頭の中が、ごちゃついてしまっている。キスされた額が熱い。しかも、最後に見せた笑顔がまぶたから離れない。
あんな顔しないで欲しかった。近頃は、あれほど好きだった先輩のことよりも、ジェズアルドのことばかり考えてしまっている。もっともっと、彼のことを知りたいと思う。
さすがの私も気づいていた。
――私は、魔王ジェズアルドに恋している。
◆◆◆
翌朝。今回も移動はティフォーネになるかと思ったのだが、ジェズアルドはそこを一度訪ねたことがあり、また、ガーグたちの種族、ガーゴイルが暮らす森も近いことから、今回は移動魔法でひとっ飛びすることになった。
正直、寝不足なのでありがたい。
昨夜は余計なことをいろいろと考えて眠れなかったのだ。
私は動きやすいように、ロングTシャツとクロップドパンツに、ぺたんこサンダルで行くことにした。
ちなみに、今回はマッシモとバルトはい残りだ。
マッシモはサキュバスが嫌いだから行きたくないのだそうだ。バルトは城の警備をしなければならない、と言ったが、本当はマッシモと同じような理由で行きたくないのだとこっそり教えてくれた。
ちなみに、クロスケはまたしてもついてきてしまったし、私もその姿を見て触れてもふもふすると癒されるので、だめとは言わなかった。
という訳で、私とジェズアルド、ガーグにクロスケ、ビビアーナというメンバーが、ガズルラーヴ城の前に集まった。すでに大型の移動魔法陣が記されており、そこに乗って呪文をとなえるだけだ。
「今回のこと、本当にありがとうございます。それでは、出発しても良いでしょうか?」
「ああ」
ビビアーナの声に、ジェズアルドが返事をした。私はそのジェズアルドに抱き込まれるような形で立っている。心から恥ずかしいが、この方が安全だからと言われれば私には何も言えない。
そんな私を、ビビアーナが少しきつい目で見た。それが嫉妬の感情なのか、それ以外なのかはわからないが、心に恐怖がわく。私は小さく唇を噛み、彼女から目をそらした。
やがて、ビビアーナの声が響く。
「スィテル=ホナ、アコーニット」




