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雨花の花嫁  作者: 蜃
第四話
27/64

【27 現在と過去】


「突然ですまなかったな」


「え、何がですか?」


 私は本当にその言葉の意味がわからずに問う。いつも無表情な魔王の顔が、どことなくかげっているような気がする。


「ビビアーナのことだ。正直、あれが戻ってくるとは全く考えていなかった」


「ああ、それは話を聞いていればわかります。大丈夫ですよ、私は気になりませんから」


「気にならないのか?」


 真っ直ぐに、私の目を見て訊ねてくる。すぐにそうですね、と言いかけて、私は言葉を飲みこんだ。それを口にすれば、魔王が傷つくような気がしたからだ。


 それに、全く気にならないかといえば、ちょっとうそになる。私は、少し考えてから、訊ねた。


「いえ、あの、聞いてもいいなら、聞きますけど、その、今まで、どんな方々と結婚してきたんですか?」


「ああ、そうか、まだ何も教えていなかったな。どうせ他の連中もみんな知っていることだから、構わんさ。今まで迎えた妃は、ビビアーナを除いた8人は、色々だった。まだ余が未熟だったせいで、死なせてしまった妃もいる。だが、本当の意味で、ちゃんと添い遂げられた妃はいない」


 魔王は窓から外を眺める。いつもと同じ、夕暮れにしか見えない赤い空。私は、なぜか胸がぎゅっと痛んだ。うまくいかなかったことを思い出しているのだろうか。それはどれほどにつらいのだろう。痛くてたまらなくならないのだろうか。


 そう、私のように……。


 ふいに、私は思う。今まではただ自分が戻りたい、とか、自分の失敗をなんとかとり戻さなくちゃ、という思いで突っ走ってきた。けれど、ここに来て初めて、私は魔王のことを考えてみた。


「余は魔界の王だ、その妻の座が欲しいだけだった女が最初の妃だ。それも、そのあと4人目までがそうだった。次は人間を選んだ。だが、以前にも言ったように、魔界のものを食べて死んだ」


 どこか虚ろな目で、魔王は語る。


 私は、彼のつらそうな顔を見て、一瞬やめてくださいと言おうとした。なのに、のどが詰まったみたいに声が出ない。それで、先を知りたいのだという自分の思いに気がついた。


「次は、刺客としてやってきた魔物だ。ほら、お前も見ただろう、あの青い蛇、本来の魔物名はシー・サーペントという。その彼を愛する女だった。それは、余の手で殺した」


 魔王は大きく息をついてからつづけた。


「もう魔物を迎えることに疲れた余は、また人間の女を選んだ。だが、呼んだ女は余を恐れた。最初に、本来の魔物の姿を見せてしまったのが良くなかったようだ。彼女は塔から飛び降りて死んだ」


 私は思わず息を飲んだ。なんというか、壮絶すぎる。お気の毒すぎて、逆にご愁傷さまですとすら言えない空気だ。魔王は、そんな私のようすを見つつも、まだつづける。


「次にあのビビアーナだ。その頃になると、余の力はかなり落ちていた……そのせいで、余は魔法にかけられてしまった。サキュバスが人間にかける魅了の魔法だ。だが、初夜のはずの夜、彼女は魔界に人間の男を引きずり込み、食事をしていたのだ」


 それはつまり、そういうことなのだろう。花嫁が初夜にそんなことしている光景など見たら、完全に女嫌いになってもおかしくない。と考えて、私は首をかしげる。ならなぜ、魔王は私をここへ呼び寄せ、妃になれと迫ったのだろうか。


「それでも、余は彼女から離れられずにいた。しばらくはこの城に置いていたが、男を引きずり込んだところを側近が見つけて追放した。これがすべてだ……」


 それで、ガーグやマーラの態度が腑に落ちた。そんなのが戻ってくれば、警戒しても無理はない。


「あの、何というか、何も言えません」


 私は正直に言った。すると、魔王は苦笑した。


「まあ、そうだろうと思う。これでわかっただろう、今まで余は一度も、きちんと添い遂げられたことはないのだ」


 そう言った魔王は、寂しげだった。ただ、そこまで聞いたら、やはり疑問がわく。私は、この際なので、思いきって聞いてみた。


「でも、それだけくり返してダメ続きだと、もう結婚とか嫌になりませんか? 私だったら、もう諦めてます。なのに、どうして私を連れてきたんですか?」


「ああ……そうだな。それは、説明したように、余の属性ばかり強すぎて、魔界が徐々に乾いてきているからだ。そもそも、魔王が妃を迎えるのは、バランスを整える目的があるのだ」


 私は、魔王の説明に聞き入った。そうしないと、理解が追いつけそうにない。


「そもそも、魔王は在任の者の余命が少なくなった時点で、最も強く、かつ魔界を統べる能力のある魔物から選ばれる。子が生まれても、その子に引き継がれる訳ではない。そして、余と魔界は一体だ。魔王となったときに、切り離せないものとなるのだ。余の力が弱っているのは、魔界が悲鳴をあげているのと同じことなのだ」


 そう言って、魔王はきっぱりと言った。


「だからどうしても、水の属性の女が必要だった。もう結婚は嫌だから、そんな理由は理由にはならんのだ。だから、お前を連れてきた」


 私は、最初に会ったときのことを思い返し、なんとなく納得した。けれど、なぜかその言葉はあのときとは違い、私の心に氷の刃となって突き刺さった。


「なるほど……でも、雨降りませんね。ごめんなさい」


「いや、何か理由があるのだろう。それに、徐々にだが、お前が余の側にいることで、少しずつ、水気が戻ってきている。婚儀をあげれば、もっと強くなるはずだ。水紀、まだ答えは出ないのか?」


 ふいに問われ、私は返事に窮した。


 あのときは嫌だと即答できた。だけど、今はできない。嫌だ。その言葉が出てこない。私はこうして質問されてみてようやく気づいた。自分が、それでもかまわないと思っていることに。


「あの、もしかしてこのまま弱りつづけたら……」


「そうだな……多分余は死ぬだろうな。むろん、まだ余力はあるから何十年も先になるだろうが」


 魔王はそう答えて、私をじっと見る。見ないで欲しいと思った。この場で、いいですと言ってしまいそうだ。けれど、同時に言いたくない気もしていた。


 私が、あのとき思ったこと。そんな恋することも、愛もない結婚なんてしたくない。それは今もまったく同じ思いだ。


「……私、恋愛結婚したかったんですよね」


 思わず、ぽん、と言ってしまった。



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