【26 言い争い】
が、魔王もガーグも微妙な顔をして動かない。私はじれったくなってきた。そのとき、またしても部屋の扉がひらいた。入ってきたのはマッシモだった。
封印の際に、魔力をごっそりと小瓶に吸われたため、中級の魔物クラスになってしまった彼は、身の安全と私をモノにするためと称して、この城にとどまることにしたのだそうだ。
「なんだよ、葬式みたいだなお前ら。で、今サキュバスとすれ違ったけど、あれも妃候補か? だったら水紀はいらないよな、という訳で俺にくれ」
「断る」
魔王は即答した。
もう何度目だかわからないやり取りだ。
「ちっ、やっぱりか。けどよ、何であんな性格悪そうなのが来てんだ? 俺はあいつらが嫌いだぜ。大体、いつも食事のことばかり考えてるようなところが最高に気に入らねえ。まあ、外面は綺麗だから、よく人間の男が騙されて結婚してすぐに精気を奪われつくしておっ死んじまうらしいが、あれを妻にする奴の気がしれねぇな」
マッシモの嘲笑混じりのセリフに、魔王がのどの奥でうめいた。
私にはよくわからないので、黙って話を聞くことにした。すると、何やら金属がこすれあうガシャガシャという音がして、開けっ放しの扉からバルトが入ってきた。
「魔王様! なぜあの女を城へあげたのでございますか! あの女は、うまいこと魔王様の弱みにつけいって妃の地位についたような女ではありませぬか!」
バルトはこちらの鼓膜をぶっ壊そうとするかの勢いで叫んだ。うう、耳が痛いよ。ここしばらく彼が叫ぶような事態は起こらなくて安心していたのに、このタイミングで来たか。
しかも、弱みにつけいる? 私は不穏な言葉を聞いた気がして、魔王を振り返る。
「へ~え、てことは、よっぽど弱ってんだなお前。魅惑ごときに屈するなんて、今の俺よりヤバいんじゃないの?」
「黙れ、余だとて好きでここまで弱体化した訳ではない」
「そんな体たらくでよく魔王の椅子に腰かけてられるな。ヘタしたらお前、側近の奴らにも負けるんじゃねえのか? だとしたら、それ言いふらしたらお前、終わりだよな」
「そんなことを言わせる前にお前を殺す」
何やら魔王とマッシモの間に火花が見える。
私はだんだんうんざりしてきた。
「そうですぞ! 今魔王様を失ったら、魔界はまた先代の魔王のときのように荒れまする。魔王様、このような牛めは、我が相手になりましょうぞ!」
今度はバルトも入ってきた。ガーグをちらり、と見やると、何やら入ってきたそうにしているが、怖いのでやめているようだ。ただし、あと一歩の勇気がわいてしまえば、参入しかねない。
さらに、頭の上にクロスケがぽとり、と落ちてきた。小さな体を震わせて、何か言いたげではある。クロスケが言いたいことは、良く分かる。私はため息をついた。
「俺はかまわねぇぜ、外へ出ろ! 今すぐただの金属片にしてやるよ!」
「……あの~、ちょっといいですか?」
盛り上がっているところへ、私は思いっきり水を差した。だが、全員聞いている様子がない。魔王すら、すぐそばの私よりマッシモを睨みつけ、威圧することに全力を傾けている。
私は、仕方なく近くのハリセン(注※風魔扇)を手に取り、それをばしっと床に叩きつけた。
叩いた衝撃で風が起こり、ほこりがキラキラと宙を舞う。
四人の視線が一斉に私に集まった。まずは、挑発馬鹿からなんとかしないと、と思った私はマッシモに微笑みかけた。ただし、目は笑っていない。というか、こんな状況で楽しい笑いなんかこみあげる訳もない。
「ねぇ、マッシモ……私あなたにお願いしたよね。封印しない代わりに、そのことは言わないし、むりやり押し倒すような真似もしないでって言ったよね?」
少し前に敬語はやめて欲しいと言われたので、私はマッシモに対してはガーグに対するように喋ることにしている。それは、今言った事柄をお願いするために話をしたときのことだ。
「約束を破るつもり? 破れないよね? だってあなたは私の支配下にあるんでしょ、確か破ったら存在が消えてなくなるんじゃなかったっけ? 確かそうでしたよね?」
私は魔王を振り返って問う。
「あ、ああ。その通りだ」
魔王がやや怯えた声で答える。
私は内心少しビビりながらつづける。
ここしばらくのことでわかったが、マッシモは下手に出るとつけあがるタイプだった。なので、あまり強いことを言うとあとで心臓が破れそうになる小心者であるにも関わらず、私は強い態度に出たのだ。
うう、嫌だよこんな高飛車なこと言う自分。最悪だ。マッシモの馬鹿牛め。
「じゃあ、そうなったら死ぬね。それでもいいんだ? それとも今すぐ封印される?」
言いながら、すぐ近くの棚に置いておいた黄色い小瓶をちらっと見やる。
「ぐっ、それは嫌だ」
「じゃあ、変な言いがかりつけて喧嘩するのはやめてね。バルトも、魔王様も何でそんなに皆していがみあうのか、私にはわかりません。でも、目の前で喧嘩されるのは、すごく嫌。お願いですから、やめてください」
激しい動悸を感じながら、それでも私は言い切った。
ああ、疲れた。仲裁などという真似はほぼしたことがないので、素晴らしく心臓に悪い。というか、これで大丈夫かな。不安に思いつつ、目の前の面々を見渡してみると、皆呆けたような顔をしている。
「も、申し訳ありませんでした! 熱くなりすぎました……情けない、少し考えれば、カトブレパスめはお妃さまの下僕になっておったことに考えが至ったはずだのに、我は頭を冷やしてきますぞおぉっ!」
バルトは雄叫びをあげるかの如く叫ぶように言って出て行った。
「何だと、俺はこいつの支配下にはあるが下僕じゃねぇ!」
そのあとをマッシモが追いかけて行く。残された私と魔王とガーグは、しばらく黙りこんだ。だが、ガーグが居心地悪そうにしはじめ、ちらり、と魔王と私を見ると、あいまいに笑う。
「えと、オレちょっと用事思いだしたッス」
「え、うん。じゃあ後でね」
私は出て行くガーグに手を振った。気づくと、クロスケもすでに仲間のもとへ戻ったのか、部屋にふたりきりとなる。魔王もすぐに出て行くのだろうと思っていた私は、彼が中々動かないことにしびれを切らした。
限界だったのだ、足が……。
「あ、あの、足を崩したいんですが」
そう言うと、魔王ははっと我に返り、肩から手を離してくれた。そのまま、隣に腰を下ろす。びりびりする足をさすりながら、私はようやく一息ついて、思った。
何で、魔王は戻らないのだろう。
私は困惑したまま足をさすり続けた。すると、魔王がようやく顔をあげて言った。




