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雨花の花嫁  作者: 蜃
第三話
23/64

【23 帰還】

「あの、次はどうすれば……あの魔物たちを元に戻させたいんですけど」


「ああ、それだったら簡単だ。出でよ、マッシモと名前を呼んでやればいい」


 私は少しずつ恥ずかしくてたまらなくなってきた。こんな年になってそんなことを言わなければならないなんて、思っても見なかった。


「い、出でよマッシモ」


 羞恥心のあまり、小声でつぶやくように言う。それでも、小瓶は反応した。中に豆電球でも入っているみたいに輝くと、ぽん、と気の抜けるような音がして、封じたマッシモが出てくる。最初は光の粒子の塊だったが、それが地面にわだかまり、しばらくして光が消え去ると、その姿を現す。


「……小っさ!」


 私は思わず言った。そう、黒牛は、小型犬くらいの大きさまで縮んでいたのだ。相変わらず目つきは悪いし、ちゃんと牛だが、脅威を感じるほどではない。 


「てめぇ、もとに戻しやがれ! 俺の魔力をごっそりと奪い取りやがって!」


「それはこっちのセリフよ、いいから、あの石化させた魔物たちを元に戻して」


 キィキィとわめくマッシモを、私は腕組みしつつ睥睨した。魔王たちは特に手も口も出してこない。その必要がないからだろう。マッシモは、しばらく悔しげにわめいていたが、私が再度「戻して」と言うと、一度こちらを睨みつけてから、やたらと悔しげにトテトテと湖まで歩いていくと、言う。


「リリーフィオ」


 完全にふてくされてやる気ゼロな声だ。だが、効果はそのままらしい。湖に点在していた石像たちに、小さなヒビが入りだす。やがて、彼らの周りの砂が溶け落ちるように流れ去り、もとに戻った。


「これでいいんだろ?」


「ありがとう」


 私は心からほっとして、ふと思った。また魔王を振り返り、問う。


「あの、また瓶に戻すにはどうすればいいんですか?」


「おい! ちょっと待てよ、用済みになったらすぐにまた瓶詰めにするのかよ! やっと娑婆の空気を吸えたって言うのに、なあ、頼むよ、もう少し出しといてくれよ。そうだ」


 マッシモは慌てて言うと、複数ある目を閉じた。やがて、体を妖しい砂色の霧が覆う。何をする気だろうと思って見ていると、彼はみるみる大きさを増し、あの人間姿になっていた。


「こっちの姿でいれば色々と役に立つぜ、どうだ!」


 彼はふんぞり返って言い、硬直した私の側までくるとあごをつかんで笑った。


「なんだったら、夜のお相手も務めるぜ。そこのヘタレ魔王より俺のほうが上手いぜ?」


「……も、戻れ――――っ! 瓶の中に戻れっ!」


 私は叫んだ。そこへ、魔王が顔を引きつらせて割り込んでくる。マッシモと私の間に入り込むと、彼は氷点下の笑顔で告げる。


「貴様、何度言ったらわかる。この娘は余の妃だ」


「別にいいじゃねぇか、お前だって今まで散々女とっかえひっかえしてきたんだろうが。まあどの道、こいつがいいって言わない限り俺は何も出来ないが、浮気されないように気をつけときな」


 マッシモはにやっと笑って言うと、私に向かって片目をつむる。様になっているのは認めるが、牛を恋人にしたいとは思わない。私は目を反らしたあと、バルトを見た。


 彼はすでに移動魔法陣を描いた布の上に馬車をスタンバイさせている。大きなものはああして運ぶらしい。ガーグも羽根を出現させ、帰る気まんまんだ。私は薄く笑みを浮かべながら、ふたりに言った。


「……帰ろう、疲れちゃった」

「そっスね。オレも、お腹空いたっス」

「帰りは移動魔法が使えますからな、すぐですぞ」


 私は彼らと頷きあい、首飾りに触れる。ちょっと振り返ってみれば、魔王とマッシモがなぜかまだ睨みあいをしている。乙女だったら喜ぶべき光景かもしれない。一応、ふたりに言い寄られて奪いあわれるヒロインの図、とかそんな状況なのだろう。多分だが。


 ただまあ、相手が魔物で、愛とか恋とかが通じそうにない場合は話が別だ。しかも、奪いあう理由が、私には正直嬉しくない。最初は雨女として(まだ雨は降ってないけど)、次は魔力がないので、封印を行える存在として(これは自業自得もあるけど)。マッシモに至っては、人間だから世話係にうってつけというそのまんまな理由。色々と文句はあるけれど、どうやら私は彼らにとって役にたつ存在のようだ。


 例えは悪いかもしれないが、現在魔王とマッシモが繰り広げている争奪戦は、ただのお役立ちアイテムを取りあってるだけだともいえる。


 そんなお役立ちアイテムな私は、生ぬるい目をしつつ一応声を掛けた。


 魔王が色々と小細工してくれたので、私はひとりでは帰れないはずだ。


「魔王様、帰らないんですか~? そこの牛はどうするの? 一緒に行くの、行かないの? 小瓶に戻されたいの?」


 ふたりは私の声に気づいて振り返ると、慌てた様子でこっちへ来た。やがて、全員が集まると、それぞれに移動魔法を使って城へと戻る。私は、魔王の作りだした移動魔法で一緒に戻った。


 正直、腰をつかむ魔王の手の力が妙に強くて痛かったけれど、とにかく私はようやく慣れてきたのか、酔わずに城へと帰ることが出来たのだった。



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