表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨花の花嫁  作者: 蜃
第三話
21/64

【21 鏡の中の目】

「ちょっと! 離してよ、どこ触ってるのよ!」


「嫌だね。こうしてれば、あの魔王も攻撃出来ないだろ? それに、いずれお前は俺の専属世話係になるんだ、どこ触ろうが所有者の自由さ」


 私は彼のもの言いにかなり腹が立った。いくらなんでもモノ扱いはないだろう。私は誰の所有物でもない。というか、モノじゃない。こんなやつの世話なんて、意地でも焼きたくない。


「お断りよ! 私はあなたのモノじゃないし、世話係になんかなりたくない!」


「嫌だろうがどうだろうが、魔王の持っているあらゆるものは俺のものになるんだ。いい加減諦めな」


 耳触りの良い声が耳もとをくすぐる。顔を真っ向から見たことはないが、恐らく魔王やガーグと同じで、マッシモも美形のようだ。わざわざ不細工に変身する意味がないためだろう。私は、魔王より遥かに体格の良い彼に向けて、ひじを突きだしたり、暴れたりしたが、全く意味をなさない。


「無駄な抵抗はよせ。大丈夫さ……いずれは俺のとりこになる、そうなれば、魔王のことなんかすぐに忘れて、いい思いをさせてやるさ」


「忘れるも何も、結婚とかしてませんから!」


 そう怒鳴りつけると、背後でひゅうっと口笛が鳴る。


「なんだ、まだ手を出してなかったのか。あいつらしいが、それに何の意味があるんだか」


 嘲笑うような口調で、マッシモが言う。


「あんたみたいなのよりずっと格好いいわよ!」


 いちいちカンにさわる言い方をするマッシモに、私は声を荒げて言う。ちょっと怒鳴りすぎてのどが痛いけど、そんなことはどうでもいい。私はなるべく地面を見ないようにしながら、もがいた。


「ふん、じゃあ俺の姿をよく見てみろよ。人間は大抵外見に騙されるからな」


 そういうと、腕の中でぐるり、と回されて私はマッシモと向き合う形となった。間近で見た人間形の彼は、確かにものすごく格好良かった。落ち着いた神秘性のある魔王とはある意味真逆の、どこか危険な雰囲気を持つ美形だ。


 乱雑で固そうな髪は茶色みを帯びた黒。口は大き目で、牙がのぞいている。魔王のものより大きめの目は妖しい紫色に輝いている。まとう衣は、ファンタジー風味で、袖のない貫頭衣だ。むきだしの腕には筋肉がつき、肌の色も、やや褐色がかっている。魔王とは違い、日本人風な美形ではない。どちらかというと、外国人俳優を思わせる。


 私はその姿を見て、鼻を鳴らした。


「全然騙されない、美形なら魔王様で慣れたわよ」


「へぇ、じゃあもっと別の方面から攻めた方がいいようだな?」


 顔が近づいてくる。私は青ざめていっそう激しくもがいた。キスする気らしい。まだ誰ともしたことないのに、牛男なんかに奪われるのは死んでもごめんだ。


 ああもう、なんで私はこんなに魔物にばかりモテるんだ。


 そう思っていると、足もとの水面が泡立ち、中から魔王が飛び出してきた。そのまま、出てきた勢いのまま殴りかかろうとする。


「おおっ、と」


 マッシモは余裕の笑みで攻撃をかわす。魔王は怒りに目をつりあげている。濡れそぼり、髪に緑の藻らしきものをからめた姿には、少し前まで感じられていた威厳がない。その上、腕の一部が人間のものではなくなっている。黒い毛むくじゃらの腕は、犬の前足に似ているような気がした。


 私の存在が足手まといになってしまっているのだ。迷惑をかけたくないのに、私は悔し紛れに暴れたが、マッシモの腕はびくともしない。非力な自分が嫌になる。


 けれど、と私は疑問を抱いた。魔王がこんなに苦戦するとは、正直思っていなかった。


 なにしろ、魔王と呼ばれているのだから、もっと簡単にやっつけられるとばかり思っていたのだ。馬車の中で、心配するなと言った声に不安は感じられなかったし、少し前に言った言葉にも嘘の匂いはしなかったように思う。一体、何があったのだろうか。


 そんな私の中の葛藤はよそに、魔王は怒声を放つ。


「妃を離せ、この下郎!」


「やなこった! 中々いい女だからな、ありがたく頂くことにするぜ。あんたは石にしてやる。恨むんなら、年月の経過による弱体化を恨みな!」


 マッシモの目が、妖しい銀色に輝き始める。魔王に意識が向かっているせいか、腕の力が弱まり、少しならば身うごきがとれる。私は必要になるかもしれないものを詰めた、小さめのショルダーバッグから手鏡を取りだした。長方形の折りたためるタイプの鏡だ。


「じゃあな!」


 銀色の光が強くなる。魔王は避けようとするが、体にまとわりつく藻が自由を奪っているらしく、素早く避けられない。私は、急いでマッシモの顔の前に鏡をかざした。


「なっ!」


 驚きの声とともに、胴に絡められた腕から力が一気に抜ける。次いで、鏡が音を立てて割れた。私は突然支えを失い、空中に体が投げ出された。のどがつまったように悲鳴が出ない。一瞬視界に映ったのは、体の半分が石になったマッシモの姿だった。


「水紀!」


 魔王の声がした。私は湖に落ちる覚悟をして体を縮める。だが、覚悟していた衝撃はやってこなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ