【20 魔法属性】
マッシモ――黒牛――の声に呼ばれたように、湖周辺の砂が彼の周囲に集まりだす。しだいに、それはひとつの形をとった。巨大な牛の姿だ。黒牛よりもさらに大きい。マッシモは歯を剥いて笑いながら言う。
「行け!」
巨大な砂の牛がこちらに向かってくる。私の前に、バルトとガーグが盾のように立った。思わず悲鳴を上げかけたが、邪魔になってはいけないと慌てて口を手で覆う。
「お前たちは下がっていろ。出番は、もう少し後だ」
そう言うと、魔王は空中に飛び上がり、てのひらの上の雷の塊を投げつけた。それは牛にあたり、頭を大きくえぐるが、すぐに砂が集まり、元通りになってしまう。
「お妃さま、もう少し離れましょう。ここは危険です」
「うん」
バルトの言葉に私はうなずいたが、なんとなく、よほど遠くでなければ彼らの戦いの余波から逃げきることは出来ないように思えた。それでも、怖いので私はおとなしく言うことを聞いて、バルトたちとともに、湖から離れる。
「大丈夫かな」
小声でつぶやく。ハリセンを強く握って、私はときおり振り返りながら馬車のところまで行く。赤く、夕焼けのように染まっている空に、黒い点がふたつ舞っている。魔王は何度も雷玉で攻撃を仕掛けているが、相手は形があるようでない砂なので、何度破壊しても元に戻ってしまう。
「相手も考えたッスね」
「え、どういうこと?」
険しい顔で、私と同じように上空を見ていたガーグがつぶやいたので、思わず問う。
「魔王様の属性は炎と雷なんッスよ……魔物は、生まれ持った属性の魔法しか使えないんス。オレは風で、バルト様は闇なんスけど、あいつは砂とか土で、魔王様が炎を使ってもあいつにはあまりダメージを与えられないんス、それどころか、あいつの強度を増す結果になってしまうんスよ」
「そんな、じゃあどうするの?」
魔界に来て日数もたち、そちら方面の知識もだいぶ増えてきていた私は、ガーグの説明をすぐに理解した。ようするに、魔王とあの黒牛では、黒牛の方が有利ということだ。
「以前に魔王様が奴を封じたときは補佐する者がいたのです。木の属性の魔物でしてな、ですが、その者はこの魔界が乾き始めてから徐々に力を失い、亡くなってしまったのです」
ガーグより早くバルトが答えた。私は、そんなにここが水不足で深刻だなんて思っても見ず、改めて自分がここに呼ばれた意味を知って、困惑した。
心から、雨に降って欲しいと思った。なのに、あれから一滴の雨も降らない。
「私たちに、何か手助け出来ればいいのに、何か弱点とかないのかな」
こんなことになったのも私のせいだ。なのに、手助けひとつ出来ないなんて、はがゆくてたまらない。
「ヘタに手出しすれば、かえって魔王様の邪魔になります。ここは、耐えて待ちましょう。なに、魔王様のことです、多少苦戦したとしても必ず勝ちますとも」
バルトは胸を張って請け合った。けれど、私は先ほどからくり返される同じ光景を見て、不安にさいなまれないではいられない。考えろ。何か、手助けできる方法があるかもしれない。
もちろん、その前に魔王が勝ってしまうことだってある。それならそれでいいのだ。そうなったら、私は役割を果たせばいいのだから。
「せめて、こっちに注意を引けたらいいんだけど」
ぶつぶつと声に出してつぶやく。考えるときの悪いくせだ。友人には気持ち悪いからやめろ、と言われたものの、結局この年になっても直らない。
戦う魔王と黒牛の下に広がる湖に並ぶ石化した魔物たちを眺めていると、ある考えが浮かんできた。大した考えではないが、やってみる価値はあるかもしれない。
でも、と私は思った。いくら協力して欲しいと頼んでも、バルトもガーグも全力でダメと言うだろう。魔王も、そんなことすれば怒るかもしれない。せめて、黒牛の注意をこちらにむけられればいいのに、そう思いながら、戦いの行方を見守る。
やがて、魔王は砂の牛を攻撃するのはやめ、本体の人間の姿になった黒牛に標的を変更する。だが、黒牛もそう簡単に攻撃はさせない。砂の牛をうまく使い、また、砂で幕を作って魔王の雷撃を防ぎつつ、攻撃もしている。
やがて、魔王の動きが少しずつ鈍りはじめた。
攻めあぐねた魔王は、なぜか一瞬こちらを見やる。私は困惑しつつ、その顔を見返す。もう少し距離をとれということなのだろうか。そんなことを考えていたら、砂牛の角が魔王に当たった。
ごくわずかな隙を突かれたのだ。
そのまま、勢いよく跳ねあげられて水面に叩きつけられる。
私は口を両手で覆い、顔をゆがめた。彼が負けたらどうしよう。先ほど考えたにわか作戦が効くような相手とは思えない。私は、駆けだしたい衝動をこらえ、水面を凝視した。
ほんのわずか、黒牛から目を離す。その間に、黒牛は私の方へ移動してきていた。そのことに気づいた時にはもう遅く、黒牛は私の背後に立っていた。
魔王がくれた指輪が反応し、私のまわりに結界を作る。だが、マッシモはものともせず、薄い膜状の結界を拳でたたき壊した。守るものの消えた私の胴を、左腕をまきつけると、そのまま上空へと連れ去られてしまう。
私は思わず怒鳴った。




