【2 移動魔法】
こんにちは。はじめましての方もそうでない方も今さらだけどよろしく。
私は工藤水紀。年齢は二十一歳。髪は長めで、少し茶色に染めてゆるくパーマかけてます。顔は中の上程度。身長は160cm。所持品は水色の雲模様の傘に、いろいろ入ったバッグ。トレンチコート姿で足元はレインブーツで固めてます。
家族は最初からいなくて、少し前までは中小企業で頑張ってました。そこの先輩に恋して、告白する前に振られて、センチメンタル気分で歩いていたらなぜか魔界に落っことされました。
そこで気色の悪いガーゴイルと名乗る化け物に空中落下で死体になるのを助けられたあとで、魔王の十人目の妃に選ばれたとかふざけたこと言われて頭真っ白です。
これが前回までのあらすじ。
「まあ、とりあえず周囲の風景見てれば嘘じゃないことはわかる気がするけど」
私はつぶやいて、改めて周囲をながめる。
視界がやたら暗くて赤茶色ばかり。先ほど私が落ちてきた空はすでに閉じてしまっており、ぼんやりとした明るさは曇天の日並み。立ってる場所も赤茶色の砂と土、遠くにデカい岩が見える。植物は全く生えていないが、丘の上に妙にトゲトゲした建物が見える。あれがその〝魔王様〟とやらのお城なのだろうことは容易に想像がついた。
もっと遠くの火山はときおり轟音をたててマグマと火を辺りかまわずまきちらし、上空では「ギェー」とか「クェー」とか鳴く、鳥にしては大きすぎる生きものが飛びまわっている。
その上、視線をすぐ近くに戻せば、私が三人分は縦に並ばないと到達しそうにないほどの巨大な何かの白骨が、赤茶色の風に吹かれていた。牙は私ひとりの身長ぶんくらいある。
それから目をそらして、私はさてどうしたものかと思った。
「じゃあ行くっス! オレはあなた様の身の回りの世話をするよう、魔王様から言いつけられてるんス。これからよろしくっス!」
無邪気な笑顔で言うガーグ。くそう、その顔で笑うと可愛いじゃないか。
「あのじゃあ、私の前ではその姿でいてね?」
「わかったっス! じゃあ始めますから、少し下がってて下さいっス」
「はじめる?」
特に行くとも返事していないのに、彼は楽しげに胸に下げた青い水晶玉をかかげて、言う。
「スィテル・ホナ=ガズルラーヴ」
何かの呪文らしい。まあ魔界と豪語するんだから呪文とか魔法とかあっても変ではないだろう。と思っていたら、ぶわっと突然水晶玉から青白い光が放たれた。それは複雑に織りなされた魔法陣そのものの形をしており、印象としては公園にたまにあるあの地球儀の経度と緯度を金属の棒で作ったような、回転する遊具とよく似ている。白い文字や記号を描く線が発光しているため、非常に美しい。
「じゃあ、中に入って下さいっス」
「えっ、あの……そもそもコレは何?」
「移動用魔法陣っス、知らないんスか?」
「知らない」
知ってる訳がない。私の暮らす世界には〝魔法〟などというものは存在していないのだ。
「まあいいっス! じゃあ中に入って下さいっス。オレも一緒に行くんで、最初はまあアレかもしれないですけど、慣れれば平気っス、むしろ楽しいっス!」
「やっぱり、あそこに行くの?」
私は、やたらトゲトゲした黒い塊を指差して訊ねた。ガーグは大きく首を縦に振る。
「そうッス、魔王様に会って頂くっス!」
笑顔の少年を私はどうしようもない思いで見やり、肩を落とした。行くしかないよねこれ。でも、考えようによっては元の場所に戻れるチャンスかもしれない。なにしろ〝魔王様〟なら、私を元の場所に戻すなんて簡単だろうし。
よし、行ってみよう、魔王を説得だ!
「わかった、行くわ」
「じゃあ、オレの手をつかんでて下さいっス、行きますよ? いち、にの、さんっ!」
私はガーグに言われるままに彼の手を取り、引っ張られるようにして球体の中へと飛び込んだ。またしても、気持ちの悪い浮遊感。完璧にジェットコースターに乗っているのと同じだ。正直あれが苦手な私は酔って吐きそうになりながら目を閉じた。
やがて、ほんの数秒で移動は終わり、私はふらついて倒れかけたところをガーグに支えられた。少年の姿だが、案外力が強い。
「あ、ありがとう」
「いえいえ。さあ、着きましたっス、ここが魔王様のお城、ガズルラーヴっス!」
ガーグはなぜか誇らしげにその建物を示して、胸を張った。
が、私は全く別の感想を抱いて、気分が萎えた。




