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雨花の花嫁  作者: 蜃
第三話
18/64

【18 馬車の中にて】

 ようやく外に出られた私は、大きく息をついた。が、魔王にしがみついたままだったのに気づいて、慌てて離れる。


「別に離れなくても良いだろうに」


「い、いえ、私なんかがくっついたままじゃ動きにくいですよきっと」


 笑ってごまかす。魔王は気に入らなそうだったが、私は視線を反らして辺りをうかがった。


 何にしても、壁のない場所なので、解放感が違う。これで晴天が拝めたら言うことないのに、と思いつつ、無理なモノは無理、と頭の中で可能性を叩き潰す。視線をあたりに巡らせると、ガーグとともにここを訪れた時のことを思い出した。


 門番は相変わらず直立不動でそこにいる。


 やがて、きょろきょろしながら周囲を見ていると、バルトがとても大きな黒い馬を引いてくるのが見えた。しかし、私は思わず逃げだして城の中に戻りたくなった。わかってはいたが、首がなかったのだ、その馬には。


 想像していなかったわけではない。けれど、実物を目にするとどうしようもなく気持ち悪い。なにしろ、切断面がそのままなのである。そこは覆うかどうかして隠して欲しい、と私は痛切に願った。


「さあさあ、ようやくご紹介することが出来ますな。これが我が愛馬、ティフォーネです!」


 バルトが自慢げに馬の首を撫でて言う。どこから聞こえてくるのやら、いななきが聞こえた。


 私は普通のサラブレッドよりも大きなその馬の首を、思わず探してしまう。その馬につながれているのは、黒い箱型馬車だった。もしやあの中に、と思ったものの、同時に、自分がそこに乗り込むことを考えて恐怖する。


「あの、もしかしてこの馬車で行くんですか?」


「そうだ」


「移動魔法って外では使えないものなんですか?」


「いや、使えるには使えるが、お前には耐えられないだろう。それに、一度行ったことのある場所しか行けないのだ。余も、今回行く場所は初めて足を踏み入れるし、ガーグもバルトも同じだ」


「ああ、そうなんですか」


 魔王の答えに、私は肩を落とす。わざわざ長いこと怖い思いをしなくても、移動魔法で一瞬だけ怖い思いをすれば済むかもしれない、などと虫のいいことを考えたのだが、いくら魔界という常識の通用しないような場所であっても、そこまで都合よくはいかないらしい。


「大丈夫ですぞお妃さま、ティフォーネの足ならばすぐです!」


 バルトが胸を張って言う。いや、そういう意味じゃない、と言いたかったけれど我慢した。なぜなら、彼がものすごく張り切っているような気がしたからだ。


 私は、曖昧な笑みを浮かべて「すごいんだね」とだけ言っておいた。


「では乗り込むとしよう。面倒なことはさっさと終わらせるに限る」


 魔王は面倒そうに言った。それには私も同感だったが、同時に、怖さがつきまとう。あの大きな牛に近寄って、このハリセンで頭を叩くなどということが私に出来るだろうか。


 私は不安を抱えたまま、魔王とともに馬車に乗り込んだ。


 中に馬の首が乗っているということもなく、座席に収まると、馬車が動き出した。ガーグは外を飛んでいくのだそうだ。中の座席は対面式になっていて、魔王と向き合うかたちになる。私はちょっと緊張した。こんな狭い中で、ふたりきりというのは経験したことがない。


 やがて、馬車はがたつきながらスピードを上げる。気がつくと車並みの速度にまで達し、しかも未舗装の道ならぬ道を進んでいくため、激しく揺れる。酔うかもしれない、なんて甘かった。むしろ、怪我しないよう、座席にしがみつかなければならないほどだ。


 すると、魔王が手を伸ばして私の腕をとった。


「え、あの」


 そのまま、ぐい、と腕を引っ張られ、横に座らされる。その途端、体に感じる揺れが小さくなった。驚いて魔王の顔を見ると、口もとに薄く笑みが浮かんでいる。


「……あ、ありがとうございます」


「苦しそうだったからな。もう少し余を頼れ……お前は妃なのだからな」


 私は困惑しながら笑った。少しだけ、胸が痛む。けれど、考える余裕はない。なにしろ、状況だけ抜き出せば、狭い馬車の中で、美形男性に肩を抱かれているのだ。未経験の状況に、妙に焦る。


 こんなふうに、誰かに触れられたことはない。私は、捨てられた子どもだった。父親は最初からいなくて、母親は気づいたらいなかった。幼すぎて、何も覚えていない。怒りや恨みを感じるような記憶は、なにひとつ残っていなかった。それだけは、不幸中の幸いだろう。


 といっても、小さい頃は人と違うことが悔しくて、誰との間にも壁をつくっていた。そんな私を誰もが遠巻きにした。それでは生きづらいと、学校に行くようになって感じ、どうすればいいか考えた。結果、表面をとりつくろって、社交のルールにのっとって対応すれば大抵のことは何とかなるとわかった。


 そのせいか、言われた言葉がある。ずっと心の傷だ。


 ――笑顔がうさんくさいよ。 


 それ以来、人に本音を言えなくなった。だから、先輩に告白も出来ないままだったのだ。


 私は、肩に触れるぬくもりに、顔をうつむけた。嫌なことを思い出してしまった。優しくしないで欲しいと思った。勘違いしたくない。それに何より、彼は魔王で、人間ではない。私はそんなことを言い聞かせながら、体を縮めて、早く目的地へ着いて欲しいと思った。



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