【17 首輪な指輪】
大広間につくと、魔王とバルトの姿が見えた。他にも、魔物の中でも強そうな側近たちがいる。彼らは魔王の前にひざまずき、顔をあげて何かを言っている。バルトも同じようにひざまずいているが、彼らの後ろの方にいる。
並び順は、地位とか階級を現しているようだ。バルトはどのくらいの位置にいるのだろう、という疑問が浮かぶ。
私はガーグと連れだって歩いていく。すると、魔王はすぐに気づいた。
「おお、来たか。封魔扇もきちんと持ってきているようだな」
――え、このハリセンそんな格好いい名前だったの?
どうしよう、激しく似合わない。指摘したいけど、していいものなのかどうか迷う。だって、振り返った側近の皆さんが「おお、あれが封魔扇」「なんと美しい」「流石は彼の細工師の作!」などと口々に言うのだ。似合わないなんて言えない。
微妙な気持ちのまま、私は歩いて行って側近さんたちの後ろから、小さく頭を下げた。
「あの、犠牲者が出てしまったと聞いたのですが……」
「ああ。それより、もっとこちらへ来い。お前は余の妃なのだ。そんなところでかしこまっている必要はない。さあ……こちらへ」
手を差し伸べられ、私はびくつきながら歩いて魔王の隣へ行く。
近くまで行くと、魔王は玉座から立ち上がり、淡い笑みをうかべて私の手をとると、左の薬指に持っていた指輪をはめた。プラチナ色に輝く、繊細な指輪だ。台座には赤い石がはまっている。ルビーに見えるが、ちょっと違うようにも見えた。
私はぎょっとして、魔王を見やる。
「あの……何ですかこれ。私、まだお返事してないですよね? あと、これ金属製でしょう? 金属はつけられないんです。かぶれちゃうので……」
「それは結婚指輪ではない」
魔王のセリフに、私は首をかしげる。
「本来なら城に閉じ込めておきたいところなのだが、今回そうはいかなくなってしまった。ゆえに、その代わりだ。余からお前が一定距離離れると、勝手に結界を張り、お前を閉じ込める。解放できるのは余だけだ……お前が逃げ出さないようにな。それと、移動魔法で逃げようとしても無駄だ。あれは城内でしか使えないように調整してあるからな……。かぶれ、についてはわからないが、ならば指輪自体に結界を張って対応してみよう」
私は指輪をしげしげと見て思った。綺麗だが、ようするに首輪じゃないか。しかも、魔王の言いっぷりからすると、これも腕輪と同じで外せないのだろう。
「……別に逃げませんよ。だって、あなたの近くが一番安全だって仰っていたじゃありませんか」
上目づかいに見やると、魔王はうなずいた。
「確かにな。まあ、万が一を考えてのことだ。余が側にいてやれないときに、お前の身を守る役目を果たしてくれるしな。愛しい妃が傷つくのは困る」
そう言うと、魔王は私の長い髪をひとふさつかんで、口づける。
どこか面白がっているような目だ。心臓が一回転したような気分で、私は息を止める。
全く、なんて心臓に悪いことをするのだろう。しかも、何という色気。こんなのの隣に並んだら自分なんか見劣りしまくる。ここが魔界で良かった。人間の美的感覚あんまり関係ないし。やがて魔王は髪から手を離すと、ふたたび玉座に収まった。
私は恥ずかしくて、バルトの大きな背中に隠れたい気分満点だったが、そこは押さえて魔王の隣にややうつむきがちに立つ。うう、小心者にはつらいよ。
「そういう訳で、余はしばらくここを留守にする。留守は頼んだぞ」
『はっ!』
側近の皆さんが大声で返す。耳が痛い。
「では行くぞ」
言って、魔王は歩きだした。私はそのあとを小走りについていく。魔王の歩幅は結構あるので、そうしないと遅れてしまうからだ。そんな私の後ろにはガーグとバルトがつづいた。
すると、魔王が後ろを見て、立ち止まる。歩く速度をゆるめてくれたのだろうかと思いきや、彼は追いついた私の手を取ると、笑った。何の前触れもなく、移動用魔法陣が出現する。淡く、どこか紫がかった色合いの陣に、私は魔王に引っ張られるままに飛び込んだ。
目の回るような感覚の中、私は思わず魔王にしがみつく。
そして、私はようやくガズルラーヴ城の外に出ることが出来た。