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雨花の花嫁  作者: 蜃
第三話
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【16 魔界生活六日目】

 こんにちは。今日もいい天気ですね。


 太陽がないからわからないけど。雨が降らなければ私にはすべていい天気。


 魔界に連れて来られて今日で六日目。無断欠勤は四日目に突入。完全にクビまっしぐらなんだけど、魔王は帰さないの1点張り。私は今日も魔王と談判したが、結果は変化なし。ああ、帰りたい。


 そのうえ、私のミスで解きはなってしまった三体の魔物たちの行方はようとして知れず、封印に向かうことも出来ない始末。


 私はあきらめて、今日も部屋の模様がえにいそしむことにした。何か違うことしていないと気が変になりそうだ。失恋のことも思い出したくなかったし、なるべく忙しく動き回ることに決めた。


 昨日までにやったことは、家具を落ち着きのあるものに変更し、カーテンは、けばけばしいピンクから、ベージュと優しい桜模様に。ベッドカバーは、光沢のあるピンクのサテン生地から、薄いブルーの無地に変えた。それなりにくつろげる部屋になってはきたものの、まだまだといった感じだ。


 それと、バルトやガーグ、時々は魔王に、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


 まずは時間。ここでは太陽による明暗や、気温変化などはないものの、流れそのものは二十四時間周期で、あっちと同じらしい。頼んで時計を設置してもらったので、今が何時何分かはわかるようになった。ちなみに、現在の時刻は午前11時32分。あと少しでごはんの時間だ。


 それに、そのごはんだ。代金はどうなっているのかと魔王に聞いてみたのだが、人間たちに混じって暮らしている魔物が思いのほか結構いるらしく、お金は彼らから献上品という形で納められたものを使っているのだそうだ。それに、中には事業をしている魔物もいるとかで、結構な日本円がここにはあるとか。


 私は部屋の整理をしながら、ふと、向こうから来るときに持ってきた傘を見た。壁に立てかけて置いておいたものを手にとって広げてみる。今まで私が住んでいた社宅の部屋と異なり、この妃のための部屋は広く、傘をひろげる余裕すらある。


「青空が見たいなあ」


 くるくると、空色に雲の模様が描かれた傘を回して思う。


 そういえば、雨が降らない、と。


 魔王はああ言っていたものの、このまま雨女ぶりを発揮できなければどうなるのだろう。魔王はなにもしなかったとしても、周囲の魔物たちに役立たず認定されて消されるのではないだろうか。そんなの嫌だ。お願いだからちょっと降って欲しい。


 正直、雨に降って欲しいと思ったのは久しぶりだった。学校のマラソン大会のときにはよくお祈りしたものだが。まあ、その時は降らなかったけど。


 なにはともあれ、一番ありがたかったのは、古色蒼然としたドレスたちから解放されたことだ。古めかしい上に、魔王の元お妃たちが残して行ったドレスを日々着るのは、精神的にも結構きついものがある。


 物置には、男性ものだったが洋服もあり、私は嬉々としてそれを着ることにしたのだが、しばらくは周囲の魔物さんすべてに難色を示された。まあ、押し通したけどね。


 そのあとで魔王にも、いつも着ていたような服装をさせて欲しいと頼んだ結果、通販のカタログを渡された。選んだものは地上で人間に化けて暮らしている魔物が受け取り、魔界に届けてもらうことに決まった。ようやく恥ずかしい思いをせずに済むようになって、私はほっとした。ちなみに、服は昨日届いた。


 今の服装は、水色で丈がひざまであるチュニックを、白いレース飾りのある半そでTシャツの上に重ね着し、下はジーンズにスニーカーという動きやすいものだ。本当に落ち着く。というか、自分の雀の涙な給料で買ってた服よりやや上等なのがなんともいたたまれない。


 そんなことを思いつつぼんやりしていると、扉がノックされた。軽快な音だったので、すぐにガーグとわかる。何か用なのかな。私は傘を閉じて、ベッドから立ち上がった。


「お妃さま! 魔王様が大広間に来てほしいと仰ってますっス! ようやく、カトブレパスの足取りがつかめたそうなんス! 行きましょうっス!」


「かとぶれぱす……ああ、あのデカい牛?」


 一瞬何の足取りがつかめたのか分からなかったが、私は数日前の記憶をたぐり、ようやくやや粗暴な言葉づかいをしていた魔物のことを思い出す。確か、大きな黒牛がそう呼ばれていたはずだ。


「そうっス! やつの犠牲者が発見されたんス」


「犠牲者……」


 ガーグの口から発せられた言葉に、私はうなだれた。自分がミスをしなければ、出ることのなかった犠牲者だ。見ず知らずの魔物に謝りながら、私は訊ねた。


「じゃあ、ついに封印に向かうのね?」


「多分そうなるんじゃないっスかね。魔王様がお話しするって言ってますから、行くっスよ!」


 ちょっと緊張気味のガーグを見て、私も気合いが入る。そのとき、頭にぼとっ、と何かが落ちてきた。私はすぐに正体がわかった。


「何、クロスケも一緒に行くの?」


 頭頂部に手をやると、ふわふわした感触がする。黒毬である。


 どうやら、一緒に掃除したりしているうちに、そのうちの一匹になつかれてしまったようなのだ。いつもお妃の部屋に来ては、ホコリ掃除などをしてくれるようになった。バルトが言うには、オスの黒毬だとのことなので、クロスケと呼ぶことにしたのである。


 クロスケは体を上下させてうなずくようなしぐさをした。私は苦笑して、魔王のくれたペンダントに触れる。すると、ガーグが部屋の片隅に見えないよう置いておいた「ハリセン」を持ってきた。


「これを忘れちゃだめっスよ! お妃さま」


「あ、うん……そうだよね。ありがとう、じゃあ行こう」


 私は顔を引きつらせながらそれを手にし、ガーグの手をとると言った。


「スィテル=ホナ。ガズルラーヴの大広間」



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