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雨花の花嫁  作者: 蜃
第二話
15/64

【15 ふたつの贈り物】

「つまり、あの三体を封じられるのは私だけってことですか?」


「その通りだ」


 ほとんど無表情で答える魔王。私は、ますます面倒な事態になったことを感じ、激しい疲れを感じた。だが、彼はすぐに、私を安心させるように淡く笑う。


「大丈夫だ。余もついていく。余が弱らせたところを封じてくれれば良いのだから」


「そ、そうですよね」


 答えつつ、私は内心帰りたくてたまらない気持になった。けれど、今回のことは私が悪い。そうするしかないなら、やるしかないのだろう。今までだって、そうやって人生を乗り切ってきたのだ。


「わかりました。私はどうすればいいのか教えてください」


 そう言うと、魔王はますます笑みを深めた。その長い指が、あごにかかる。私はぎょっとして体をのけぞらせるが、あごにかかった指の力はすごく強く、動けない。というか、痛い。


「何と素直な……今まで何人も人間の女を連れてきたが、このような事態になっても混乱したり泣いたりしなかったのはお前が初めてだ」


「そ、それは災難でしたね」


「やはり、何としてでもお前を妻にしたい。早めの返事を期待している、むろん、断ることは出来ないがな」


 そう告げると、あごから手を離し、魔王は部屋の入口へ向かう。私は椅子に座りなおして、その背を見つめる。こ、怖かった。心臓が早鐘を打っている。


「後で封印のやり方について教えよう。食事の邪魔をしてすまなかった。では、広間で待っているぞ。ああ、そうだ、忘れるところだった。お前にこれを渡しておこうと思ったのだ」


 魔王は退室しかけていた足をとめ、上着のポケットから、透明な青い雫をそのまま固めたような美しいペンダントを取り出した。白い手袋をはめた手の上で、銀色の鎖が涼やかな音を立てる。


「なんですか、すごく綺麗ですけど」


「ガーグが持っていたものと同じ魔法石だ。スィテル=ホナと唱えた後で行きたい場所を告げると、一瞬で移動できる魔法陣が現れる。そのたびに歩いて広間へ来るのは面倒だろうと思ってな、人間用に調整してあるから、ガーグのものより移動しやすいはずだ」


 言いながら、魔王は私の背後に回ると、それを首につけてくれた。私はなんだかくすぐったくて、少し笑ってしまった。


「えと、ありがとうございます」


「いや、これで気軽に余に会いに来てくれるようになればそれでいい」


 穏やかな声で言うと、魔王は今度こそ部屋を出て行った。私は、胸元に輝く青い石を見る。気軽にと言われても、当分むりなように思う。それでも、魔王の気づかいは嬉しかった。


「さて、残りも食べちゃおう!」


 せっかくのごちそうだ。私は気を取り直して、ピザを胃につめる作業に戻った。



 ◆◆◆



「スィテル=ホナ、ガズルラーヴの大広間?」


 食事を済ませると、私は魔王に言われたとおりにしてみた。大広間の名前はわからなかったので、城の名前も一緒に言ってみる。すると、石が青白く輝いて、ガーグの作りだしたものよりも淡い色の魔法陣があらわれた。


「よし、行くわよ!」


 私は言うと、飛び込んだ。魔王の言ったとおり、ジェットコースターに乗っているようだった前回の移動ほど圧はかからなかった。しかし、エレベーターの下りに乗っているときのお腹がふわっとする感覚は健在で、大広間の入り口に出たときはほっとした。


 なかなか慣れないや、この移動方法。


 私はそんなことを思いつつ広間に入っていく。すでにガーグとバルトがおり、魔王は手に何かを持って玉座にかけている。他に魔物たちの姿がないのは、やはり物置きの掃除に駆りだされているからなのだろう。


「来たか……では、これをお前に」


 私が近くまで歩いていくと、魔王はさっさと玉座から下りてきて、手に持っていた「それ」を渡してきた。え、あの、これをどうしろと。とりあえず受け取りながら、私は訊ねる。


「あの、もしかして封印をするのにこれを使う訳じゃあないですよね?」


「いや、これを使う。これで奴らを渾身の力で叩けばその腕輪は小瓶の形になり、奴らは中に封じられる。ただし、正確に頭頂部を狙わなければならないがな」


「ま、待って下さいよ。だってこれ『ハリセン』でしょう?」


 そう、魔王がおもむろに私に渡してきたのは、ひどく丈夫そうだがなぞの素材でできている「ハリセン」だったのだ。これは、私に突っ込めと言っているとしか思えない。あんな怖い魔物たちに、漫才みたいなことをしろというのか。


「そうだな。まあ、以前はそのような形ではなく、羽をあしらった美しい扇子だったのだが、作らせた細工師が当時始まっていた人間界のテレビとやらに夢中になっていてな。強力そうな形を見つけたと狂喜乱舞して是非その形で作らせて欲しいと言ったので、好きにしろと答えたらそうなったのだ」


 なんてこった。私はテレビの影響力がこんな場所にまで及んでいることに恐怖した。


「お似合いっスよお妃さま! それを使って、お妃さまに無礼な口を叩いた奴らを封じてしまいましょう!」


「え、ええ」


 私は「ハリセン」の柄を強く握りしめながら誓った。ガーグにはあとできっちり教えておかなくてはならない。似合っていると言われて嬉しいものと、殴りたくなるものがあるということを。


「そうだな。なかなか凛々しいぞ、さすがは余の妃だ」


 魔王にも教えなければならないようだ。


 ただひとり、バルトだけは何も言わない。兜のすきまからのぞく目が、憐憫に満ちているように感じるのは気のせいだろうか。できれば気のせいであって欲しくはないのだが。彼にまで称賛されたらさすがにこの場で突っ込みを入れてしまいかねない。


 そんな私に気づくようすもなく、魔王は忠告してきた。


「だが気をつけろよ。それで叩いた魔物はすべて小瓶に封じられてしまうからな。奴らや、危害を加えてくるもの以外には使うな。特に余や、この城の魔物たちにはな」


「わ、わかりました、じゃああの、物置きに行ってきます」


 私は虚ろな気分で告げる。


「余の妃は掃除など自分でしなくても良いのだぞ?」


「いえ、部屋に使いたいものをもう一度集めたいので、行きたいんです。それに、掃除は好きですから」


 私が言い張ると、魔王は「そうか」とふしぎそうな顔をして言った。


「では余も手伝おう。どうせいつも椅子に座ってばかりで退屈だったのだ。余の妃がどのような部屋を好むのかも知りたいしな。さあ、行くぞ」


 魔王は誰にも口をはさませずに言い放つと、私たちを追いたてはじめる。私はハリセンの柄を握りしめながら、叩いちゃだめだ、と自分に言い聞かせた。普段はしまいこんでおいたほうがいいかもしれない。


 私はそう思いながら、魔王とガーグ、バルトと連れだって、物置へ向かった。


 ちなみに、魔王が一緒に行った結果、物置で作業していた魔物のみなさんが恐慌状態におちいり、中々片づけがはじめられなくて、その日の夜もピンク部屋で休むことになったのだが、それはまた、別の話。



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