【14 三本の腕輪】
さっそく掃除を始めた私だったが、スムーズにはいかなかった。
なぜなら周囲の魔物の皆さんに、
「やめてくれ」
「そんなことはさせられない」
「魔王様に殺される」
と泣きつかれたからだ。だが、私はゆずらなかった。だって、自分のせいでこの物置きはこんな惨状になってしまったというのに、片づけの手伝いくらいはさせて欲しい。このくらいはしないと、気が済まないではないか。
私はバルトやガーグに、触っても大丈夫なものを聞きながら床に落ちたものを拾い集め、黒毬たちと一緒にほこりを集めて歩いた。顔をあげると、赤い空が見える。いつも夕暮れ時のような空だ。
少し疲れを感じて、私は手を休める。
そしてふと思う。ここの時間の進みはどうなっているのだろうか。
昨日は周囲に流されるまま入浴から食事、就寝まで流れ作業で終わってしまったけれど、時計もないし、空は常に夕焼け状態。私はお腹に手を当てて思った。空腹くらいしか時間をはかるものがない。
これでは困る。後で誰かに時間を確認する方法を聞いてみなくちゃ。
そう思ったとき、私は床に転がる三つの瓶を見つけた。近くには、その瓶が納められていた透明なガラスケースが転がっている。
「もしかして、封印するとか言ってたからまた必要になるのかな」
もうすでに中身の危険物たちは出てしまっていることだし、ちゃんと棚に戻しておこう。私は瓶のあるところまで行くと、青い瓶を拾い上げた。その時、また瓶が淡い輝きを発し始めた。
「えっ、まだ何かあるの!」
油断していた私は、慌てた。しかしもう遅かった。
瓶は溶けたガラスのように形を変え、私の左の手首にくるんと巻きついてしまう。それにつられるように、他の赤と黄の瓶も輝きだし、私のところへ飛んでくると、同じように巻きついてしまった。
「やだ、ちょっと、取れないし……何よこれ」
自分のうかつさを再び呪いながら、これ言った方がいいよねと内心思いつつ、またやらかしたのか、と思われるのが嫌で声を掛けられない。私は嫌な汗をかきつつ、なにごとも起こりませんように、とひっそり祈った。
やがて、魔物たちもお腹が空いたのか食事の時間となり、私も一旦お妃の部屋へと戻ることとなった。
◆◆◆
お昼ごはんは宅配ピザだった。大好きなので、ちょっと嬉しい。それを持ってきてくれたバステトにお礼を言うと、早速頂くことにした。ウーロン茶とお手拭きもついている。それでちゃんと手を拭いてから、久しぶりに食べる。宅配ピザは私の収入で買うには高いので、結構ごちそうだ。
部屋はまだピンク真っ盛りだが、それは無視して、クロスのかかった丸いテーブルに置かれたビザの箱を開ける。おいしそうな匂いが室内に放たれて、私は知らずほほ笑んでいた。
ちなみに、魔物たちには食事の必要なものとそうでないものがいて、バルトは必要ないのだそうだ。ガーグは、魔物たちが食事をとるための食堂へ行っている。
私は部屋で食事をとりながら、ふと、魔王はお金をどうしているのだろうと考えた。
「だってこれ、〇ザーラの〇タリ〇ーナだし、多分昨日の牛丼も今朝のうどんも出前だろうし」
つぶやいてからふと気づく。まだ魔王は帰ってこないようだ。いくらなんでも遅い。
あの青い龍がどれだけの強さなのかは私にはわからないけれど、魔王というのだから、この魔界とやらで一番強いはず。なのに、こんなに戻ってこないのは、やはりとんでもなく強い魔物だったのだろうか。
そんなことを考えながら食事をつづけていると、突然扉がひらいて、その魔王が入ってきた。彼は驚いている私のそばまで来ると、腕をつかんでそこにある三本の腕輪を見てため息をつく。
「やはり、こうなってしまっていたか」
声に、やや疲れがにじんでいる。やはり大変だったのだろうか。聞いてみたいが、変なことを聞いて逆鱗に触れでもしたら怖いから聞けない。代わりに私は謝った。
「あの、ごめんなさい。また使うかもしれないと思って、片づけようとしたらこんなふうになっちゃって……どうやっても外れないんです」
あのあと、部屋へ戻ってきてから必死に引っぱったり回したりしてみたのだが、どうしても抜けないのだ。せっけんで滑りを良くする方法も試してみたかったのだが、あいにくと手を洗う場所がなかった。
「いや、忘れていた余の責任だ。これは魔界に存在する中でも希少な鉱物で、魔力を吸いとり、無効化させる力がある。魔力を持たない魔物に加工させ、術式をほどこし、作り上げさせたものだ」
魔王は腕輪自体には触れないようにしながら説明をしてくれる。
私は黙って聞いた。
「そして、また奴らがここから解放されぬよう、魔力を持たぬ者にしか開封できぬようにしておいたのだ。同時に、開封したものでなければ、これを使えないようにした。余が封じられてしまわないようにな……わかるか、この意味が」
私は考えた。そして、理解した。
いや、出来れば理解したくなかったのだが。そして、私は訊ねた。




