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雨花の花嫁  作者: 蜃
第二話
13/64

【13 牛と吸血鬼】

「抜け駆けは許さないよカトブレパス。その娘は僕の奴隷にするんだから」


 美しいはちみつ色をした巻き毛の、彫像みたいに整った顔の青年が言う。ヴィクトリア朝の紳士みたいな恰好をして、ステッキを持った姿は妖しく美しい。薄く官能的な唇からは、鋭く輝く牙がこぼれ見えている。彼が巻き散らかすピンクの薔薇のせいでよく見えないけれど、大きめの瞳は魔王のそれとは異なる血色に輝いていた。


 彼の正体は私でもすぐにわかった。


 私の好きな少女漫画ではポピュラーな存在。


 ヴァンパイア、つまり吸血鬼だ。


 だいたい、まとってるマントが特徴的すぎる。なんでそんなに襟をたてる必要があるのかが正直謎だ。牙があるから顔を隠す必要があるのかなと勝手に想像して現実逃避してみる私。


 まあ、それはいいんだけど、とにかくさっきから無意味にまき散らしてくるこの薔薇邪魔なんですけど。うざったいんですけど。視界が一気に桃色の吹雪に染まるとか、桜並木を歩いているならまだしも、花びら一枚一枚が大きいので、口にへばりついたりして、かなりうっとうしいんですけど。


 見れば、ガーグも必死に花びらを払い落しながら、埋もれてしまっている黒毬たちを掘りだす作業に忙しい。バルトも腰まで埋まってしまっていた。私はガーグを手伝いながら、牛と吸血鬼の会話に耳をそばだてる。


「何だよ、お前もシー・サーペントのじじいに魔王押しつけてきたのか。やろうってんなら相手になってやるよ。だがここではだめだぜ。そいつが傷ついたら俺の世話係がいなくなる。世話をさせるのなら、人間に限るからな」


「それには僕も同意見だ。魔界の住人の血なんか吸っても不味いばかり。しかも若い娘だからね、君にあげるつもりはないよ」


 またしても火花を散らす牛と吸血鬼。私は世話係にも食糧にもなりたくなんかないんですけど。だが、魔物たちは勝手に話を進めていく。


「その娘を口説き落とすのは決着がついてからだ、命拾いしたな、デュラハンにガーゴイルの小僧」


 牛はそう言い放つと、まるでハエが大量に飛んでいるかのようなぶぅんという音とともに、ガーグが使った移動魔法陣と良く似たものを出現させて、どこかへ消えた。


「僕の可愛い奴隷ちゃん、もう少し待ってて。やつと決着をつけたら、天国へ連れて行ってあげるからね。そうすれば永遠の命もあげよう、じゃあね」


 吸血鬼は口に指を当てて投げキッスをすると、同じように魔法陣を出して消えた。


 あまりの寒さに、全身に鳥肌がたつ。


 私は彼らが消えた虚空を見て、恐ろしい疲れを感じた。自分がしでかしてしまった事態の重さをひしひしと感じる。過去に戻れるものならば、失態をした自分を締め上げてやりたい。


 ついでに、妙な確信がうかぶ。恐らく、あのデカくて青い龍も同じことを言いそうだ。


 いわゆる逆ハーレムに近いと思う。しかし、全く嬉しくない。何といっても、言い寄ってくるのは魔物ばかりなのだ。もしかしたらこれって体質なんだろうか。そのせいで人間の男にはモテなかったとしたら、最悪だ。そんな考えが頭の中に浮かんでは消える。


「ふぅ、内輪もめで去って行ってくれましたな。しかし、厄介なことになりましたぞ」


「ごめんなさい。私の不注意が招いたのに何も出来なくて」


 私はしょんぼりとうなだれる。自分のミスなのに、自分でそれを取り返せないなんて、悔しい。


「そんなことは、我の注意が足りなかったのも原因なのです。さきほどはかばって頂けて、我は心から嬉しかったですぞ。しかし、責任はとらねばなりませぬ」


「そんな、責任をとらなきゃならないのは私です! バルトさんが気に病むことじゃありません」


「しかし……」


 バルトは納得のいかないようすでうなる。兜のすきまからのぞく目が、苦悶に翳っていた。


「それならオレも同罪っス、お妃さまは気にするなと仰いましたが、オレは側仕え失格っス!」


「そんなことない! あんな怖いの目の前にしたらふつうは逃げて正解なの。もう、ふたりともお願いだから気にしないで。そんなに言われたら私がつらいじゃない。せっかく友だちになったのに。これからも側にいてくれるんでしょ? どうせまた私のことだから世話かけるはずよ、それで帳消し! わかった?」


 私は半ば本気で言った。こんな訳のわからないところに連れて来られた私に、ずいぶんと親切にしてくれたのだ。ガーグは私のために見た目も変えてくれたし、バルトはたくさん世話を焼いてくれた。もう十分だ。


 ふたりはしばらく困惑したように私を見ていたが、やがてうなずいてくれた。


「わかりました。魔王様がお許しになれば。ずっとお世話いたしましょう」

「オレ、頑張るっス」


 何やら感動したように言われて、私は照れ臭かったがとりあえずほっとした。


「……あ」

 

 そのとき、魔王の言っていた配下の者どもが物置きの入り口からなだれこんできた。私はそれを見て、遅いよ、と内心ぼやいたものの、彼らの姿に安心している自分に気がついた。どうやら、魔界生活に少し馴染んできてしまったようだ。


 あまり喜ばしいことではないが、帰してもらえない以上仕方ないか、と思いながら、私は荒れた物置きを眺めて、言った。


「さて、ここからさっき集めた物を見つけて、片づけないとね」



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