表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨花の花嫁  作者: 蜃
第二話
12/64

【12 魔物たちの争い】

 浮かんでいる三体の魔物たちは、それぞれに別々の反応を示した。


「はあ、誰がもう二度と同じ轍を踏むかよ!」

「やれるものならやってごらんよ」

「以前のように行くと思うでないぞ、若造め」


 彼らは一斉にしゃべったので、私には誰が何を言っているのかさっぱりわからない。三体も気づいたのか、お互いに睨みあいはじめる。少し前まで協力しあおうと言っていたのに……きっと相当に相性が悪いのだろうな、と私は観察しながら考えた。


「もう良いわ! やはりお前らと共闘など出来ぬ。我は我でやらせてもらう」


 青い大きなへびが苛立つ声で言うと、体を伸ばして天井に激突した。棚からぼろぼろと物が落ちてくる。危ないよ、大きな家具が落ちてきたら死んじゃうじゃない。私は近くの棚に避難しようとしたが、魔王が静かに言う。


「余の側にいれば物に当たることはない。ガーグ、お前も来い」


 魔王が言うと、ガーグが怯えた表情で近寄ってきた。そして私の近くへ来ると、非常に申し訳なさそうな顔で体育座りをする。怯えて逃げたことを気にしているのだろうか。私は彼の近くに同じように座って言った。


「怖いよね……あんなのからは逃げるのが正解だと思うよ」


 ガーグは一瞬私の顔を見てから、首を左右に振ってひざのあいだに顔を埋めてしまう。

 今は何を言ってもだめそうだ。


 私は顔をあげて様子を見る。すると、魔王は結界(だとしか言いようがない)ものを張ったらしく、私たちの周辺は透明な半球状の膜に覆われていた。それが落ちてくる物と粉塵をすべて弾いているのがわかると、私は気が抜けた。なんとか命は助かりそうだ。そう思うと、ふいにおかしさがこみ上げる。


 そうだよね。なんてったって魔王なんだもの。落ちてくるモノを防ぐくらい何でもないよね。けれど、このままでは物置きが壊れてしまう。私は結界の中に入ってきたバルトの姿を確認すると、ふたたび上に目を向けた。


 さらには、怯えた風の黒毬たちも結界に入り込んでくる。たちまちふわもこに囲まれてしまう。こんな状況じゃなければちょっと幸せかもしれない。けれど、今は色々怖くてそれどころではなかった。


 大きな青い、例えるなら龍のような魔物は、何度も天井に体当たりを食らわせつづけている。やがて天井が派手な音を立てて崩れ落ち、上空へとのびる塔の先端が視界に映る。そのまま、龍は空中を泳ぐように塔へも体当たりして壁を破壊すると、外へと出て行ってしまった。


「ちっ、お前たちはここで大人しくしていろ。すぐに余の配下の中でも戦闘力の高いものが駆けつけるはずだ、余は奴らを追う」

 

 そう舌打ちして言うと、魔王の背中から音もなく羽根が生えた。ガーグと同じようなこうもりの羽根みたいなものだ。私はその姿を見て、まるで悪魔みたいだと思いながら、言った。


「あの、気をつけて!」


 すると、魔王は驚いたように私を見るとほのかに笑った。すごく嬉しそうな笑みだ。こっちの心臓を止めようとしているとしか思えない。魔王はその顔のまま、返事をしてくれた。


「心配はいらない」


 そう言い置くと、彼はばさりと羽根をはばたかせて結界の中から出て行った。

 私はそれを見送ると、ふたたび物置きが崩れていくさまを見る。魔王の結界のおかげで、物が落ちてきて危険なこともないけれど、綺麗なモノたちが壊れていくのを見ていると、少し悲しくなった。


 すると、結界の上から重いものが落下したような、ずしん、という音が響く。私はまた顔をあげた。そして、思わず小さく悲鳴をあげる。結界の上に、牛の怪物が乗っていたのだ。


「ふん、さすがの魔王でも三体相手になんかしてられないよな。さて、そこの女、こっちへ来い」


 牛は若い男の声で言う。どこか粗野な響きがあり、少し掠れのある声だった。


「嫌です!」


 私は即答した。普通のホルスタインの三倍はありそうな牛の側になど行きたくない。全身全霊で拒否したい。すると、牛は複数の目で私を見やり、言う。


「お前の意思なんかどうでもいい。必要だから連れていくだけだ、望みがあれば言えば叶えてやるぞ」


 まるで魔王みたいなことを言う牛。何でそんなに私はこの魔界だと有用なんだろう。いったい何をしたというのだ。前世の行いで何か悪いことでもしたのか。


「貴様! カトブレパスめが、お妃さまを連れていかせはせぬぞ!」


 バルトが叫んで、私と牛の前に立つ。彼は腰の大剣を抜いて構えている。もちろん、片手で。だって左手には彼の首がのっているのだから。そんなバルトを、牛は大きな鼻を鳴らして嘲笑う。


「けっ、お前なんかに俺が止められると思うなよ。下っ端のデュラハン風情が」


 そう言いながら、牛は結界が侵入者を近づけまいとして放つ雷撃をものともせずに、中に侵入してくる。バルトは私たちの前に立ち、微動だにしない。彼は先ほど言ったとおり、決死の思いで私たちを守るつもりなのだろう。とはいえ、申し訳ないのだが、彼だけでは心もとないのも事実だった。


 魔王の言っていた配下の者たちはいつここに来てくれるのだろう。この城にどれだけの魔物がいるのかは知らないが、早く来てと私は祈った。見かけは怖いが、今は彼らが頼りである。正直、ちゃんと話を聞いてくれる魔王の城にいるより、目の前の牛の怪物に連れ去られる方が何倍も怖かった。


 私は恐怖から思わずガーグの手を握る。彼の方も怖いのか、私にしがみついてきた。その小さな体は震えている。最初に彼を見たときに抱いた嫌悪感などすっかり消えていた。


 そんな私たちの眼前に、ふわふわと薔薇の花びらが舞い始める。


 私は何が起こったのかと首を左右に動かしてみた。すると、牛の右側に人の姿をした黒いマントの青年が、艶やかな微笑を浮かべて立っているのが見える。それが先ほど空中で言い争いをしていたうちのひとりと気づいて、私は青ざめた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ