【10 城の物置】
「ここが物置きかあ、広いなあ」
私はバルトに案内されてやってきた城の地下に作られている物置を見て、ため息をついた。
そこは、先ほど見てきた、玉座のある大広間よりも広大で、長い間に集められた無数のものたちがひしめきあっていた。床と壁は大広間と同じ感じ。違うのはちゃんと平坦な天井があったことだろう。
中はたくさんの棚で埋め尽くされている。
光沢がなく、見たことのない黒い素材で作られており、触っても冷たくなくてほんのりと温かい。その中に大量の物品が納められている。
ふしぎなことに、これだけ広いのにもかかわらず、チリやホコリが全くない。どうやって掃除しているのだろう、と思って見ていたら、何か黒くてもこもこした、グレープフルーツ大のかたまりが棚を這っている。
「ねえ、あのもこもこしたモノって?」
「あれは黒毬たちっス。この物置には千匹くらい住んでるんスけど、外では絶滅しかかってる希少な魔物っス。今の魔王様が憐れんで、ここに住みかを与えたんス。そのお礼にと、城じゅうを掃除するのが黒毬たちの仕事になったっス」
「そうなんだ」
なんともかわいい魔物だなと私は思った。正直、怖いかグロい方々ばかりだったので、棚をもそもそ動くその黒毬とやらの姿には癒される。
同時に、魔王って優しいんだなと思う。
魔王などというと、ファンタジーでは魔物たちのボスで、悪逆非道の限りをつくしたり、世界を滅ぼそうとしていたりするイメージがあるけれど、どうやらそうではないらしい。
多分だけど、魔界の首相みたいなものなんじゃないかな。
いや、まあ仕事しているところを見たことはないけども。
そんなことを考えつつ、私は物置の中を歩き始めた。
良く見てみれば、まるで映画のセットにでも出てきそうな物がごろごろ置かれている。宝箱や、輝く剣、高価そうな宝石をふんだんに使ったネックレス、金の腕輪、真珠の髪飾り、薬草の束みたいなものなどなど。
「お妃さま! カーテンや寝具などはこちらになりますぞ!」
右手の方から、バルトの大声が聞こえた。
私はどこから声がしたのかすぐにはわからず、あちこち見まわしてようやくバルトの姿を見つけると、小走りに近寄っていく。そこには、木箱に入れられたたっぷりした布がたくさんあった。中には、虹色にキラキラと輝く布地もあり、私は思わず歓声をあげてしまった。
「うわ~、なにこれすごい綺麗」
「それは虹の粒子を閉じ込めた羽衣ですな。ドレスの上に羽織りなさるとよろしい。あちらに家具もございますよ。衣服なども見つくろって行きますかな?」
「はい、ぜひ。すごいなあ、何でもある」
買い物に来たみたいな気分で、私は物色をはじめた。
「お妃さま、くれぐれも勝手に触ってはなりませんぞ! 中には危険な魔法や魔物を封じたものもありますゆえに、見たい場合は我かガーグに訊ねてからにしてくだされ!」
「はぁい」
彼の言葉に生返事を返す。あまりにも興味をひくものが多くて、私はバルトの言葉を半分くらいしか聞いていなかった。
使えそうだが重たそうなものはバルトに頼んで取ってもらい、あまりに高い棚にあるものは、ガーグにお願いして取ってきてもらった。彼は、人間に化けた姿のままでも羽根を使えるのだそうだ。今は、少年にこうもりの羽根が生えたような状態になっている。
そうして、部屋のレイアウトを考えながら見て回っていると、ちいさな小箱に納められた小瓶が目に留まる。ひとつひとつが宝石で作られているかのように輝いており、思わず棚から手に取ってしまう。
小箱の中に納められていた瓶は三つだった。赤と青と黄色の美しい瓶だ。ここにも花があれば一輪ざしに出来るのに、と思いながら、口に巻きつけられた茶色い紙をはがす。
「お、お妃さま! それに触ってはなりませんぞ!」
バルトが大声で叫んだ。彼の声ににじんだ危機感にただならぬものを感じた私は慌ててそれを棚に戻そうとしたが、出来なかった。なぜなら、瓶からガーグが使った移動用魔法と良く似た、光の線だけで構成された魔法陣が出現したからだ。
「え?」
私はそれを手放そうとしたが、箱はまるで手に吸いついているみたいに離れない。
「何、これ何なの?」
「それは、先々代の魔王様が封じたとされる魔界でも極めて危険な魔物たちです! 早くお放しくだされ、のっとられるかもしれませんぞ!」
バルトの言葉に、私は半泣きで手を上下に激しく振るが、離れない。どうしたらいいの、誰か助けて、と内心思っていると、魔法陣から何かが飛び出した。
同時に、手から箱が転げ落ちて瓶が床に転がる。
フェルトを敷きつめたみたいな床なので、瓶が割れることはなかった。だけど、私にはそちらを見る余裕はない。物置の天井いっぱいを埋め尽くさんばかりの大きさのもの、人の姿をしているもの、牛と良く似た姿をしているものの三体だ。
「違う……あれは今の魔王様が苦労して封じられた、伝説の魔界の賊!」
バルトが驚愕の声をあげた。
私は思わず目を丸くした。