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「そりゃそうなるよ」と彼らは言った

作者: ののめの
掲載日:2026/07/20

または「魅了事案に伴う当然の結末」の話。

ちょっと思いついただけの話。短いです。

さらっと「こんなことがあったよ」と書かれるだけですが刃傷沙汰が含まれるのでご注意ください。

「どうしてこうなった」


 提出された報告書に目を通した時、司法機関局の長官はそう呟いて眉間を揉んだという。しかし同じ事案の報告書を読んだ魔術監査局の長官は、どこか冷めた顔でこう呟いたと言われている。


「ま、なるわな」


 二人の反応の差は、該当の報告書に記された事案のあらましに由来した。

 端的に言うと。貴族子女が多く通う国立学園にて、魔術を用いた犯罪が確認された。それも国に禁術と指定されている「魅了」の魔術である。

 禁術の中でも下位に位置するものではあるが、それでも禁術には違いない。過去に魅了を用いて国を傾けた毒婦の事例もあったために、魅了の呪文を記した魔術書は国で厳しく管理されているのだが、その監視の目を掻い潜って魔術書の写しを違法に取引する例は後を経たない。


 今回の事案もそうした違法取引で入手された魅了の呪文が絡んでおり、裕福な伯爵家の当主は取り調べにて「闇ギルド経由で高い金を積んで入手した」と白状している。

 で、その金に物を言わせて手に入れた魅了の魔術はというと、伯爵の一人娘が使用していた。動機は出世欲と自己顕示欲。魅了によって高位貴族と縁を繋ぎ、己の権勢を強めようとしたのである。


 しかし、事は伯爵親娘の思ったようには進まなかった。伯爵の娘は美貌は素晴らしかったが魔力はいまいちで、かつ学園に通う生徒のほとんどは有害な魔法から身を守る護符(アミュレット)を身に付けていたからだ。娘の魔力では高位貴族の生徒が携帯する質の良い護符を上回る魅了をかけることなどできず、伯爵親娘はやきもきした。


 そこで伯爵はまた金に物を言わせ、大量の魔石とマジックポーションを購入した。魔力が足りなくて出力が弱いならその魔力をかさ増し(ドーピング)すればいいじゃない、と力押しに出たのである。

 娘もやけくそでマジックポーションをがぶ飲みし、アクセサリーにした魔石をじゃらじゃらつけたパーフェクトフォームで学園に登校して魅了の魔術を使った。狙うはもちろん、彼女が大本命にしていた麗しの公爵令息ただ一人。


 だが、ここで悲劇が起こった。


 かさ増しにかさ増しを重ねて潤沢になった魔力により、彼女は確かに魅了を成功させた。させてしまったのだ。しかしその威力はあまりにも強すぎた。


「ああ、ああ! こんなにも愛おしいのに、どうしようもなく分かたれてしまっているなんて! そんなの耐えられない!」


 突然悶え苦しみ始め、そう叫んだ公爵令息が魔術で作り出した氷の刃で彼女の胸を貫き、自分の胸も貫いて倒れてしまったからだ。折悪くも現場は大勢の生徒が憩いの場としている中庭であったから、唐突な刃傷沙汰に大勢の生徒がパニックを起こし、学園は上を下への大騒ぎとなった。


 こうなった要因は複数挙げられる。まずひとつは彼女が一時的に増大した魔力を上手く扱えず、いつもと同じ感覚でフルパワーでぶちかましてしまったこと。もうひとつは試し撃ちも練習も何もせず、いきなり大本命に食らわせてしまったこと。そして最後のひとつが、公爵令息が伝承や詩歌を愛する大変なロマンチストであったことだ。


 この国にも伝わる伝承のひとつに、「アンドロギュヌス」というものがある。かつて男女は左半身と右半身を分け合ったひとつの生き物だったというお話だ。

 今ではアンドロギュヌスと呼ばれている彼らはふたつの顔で愛を囁き、深く心を通わすことでひとつの身体に新たな命を宿して、そうやって栄えていたという。


 ところがある時、他のアンドロギュヌスの男の半身に恋をした女の半身が、彼の半身を妬むあまりふたりを引き離そうと考えた。

 女の半身は神に「愛しい人と抱き合いたくても、同じ肉体であるが故に抱きしめられないのがつらい」と訴えて、アンドロギュヌス達の身体を分けて欲しいと頼んだ。神はそのようにして、アンドロギュヌスは男と女のふたつに分かれたのである。


 女はこれに喜んで焦がれていた男に近寄ったが、男は女を受け入れなかった。それを自身の半身であった男に知られたために、他の相手に想いを寄せたことと神を欺いてまで自分達を引き裂いたことを憎んだかつての半身に心臓を貫かれ、女は命を落としたという。これが人類最初の殺人で、女が神にした訴えが人類最初の嘘と言われている。


 こうしたアンドロギュヌスの伝承はその話のドロドロさ加減から「嘘と浮気は良くないですよ」という説法によく使われるが、一方でロマンチックな捉え方もされる。運命を感じた相手はかつてアンドロギュヌスだった頃の半身であるとか、愛しく思う人を抱きしめたくなったり男と女がゴニョゴニョして子供を作ったりするのはかつてひとつにくっついたアンドロギュヌスだったからとか、そんな俗説があるのだ。


 で、魅了の魔術の被害者となった公爵令息もそのアンドロギュヌスの伝承を信じるロマンチックな男の子だった。彼にはすでに婚約者がいたので、愛しい彼女がかつての半身だったらいいな……と日記にポエミーなことを書いたりおそらくは自分と婚約者をモチーフにしたアンドロギュヌスの詩を詠んだりしていたのだが、そこへ件の伯爵令嬢が魅了の魔術で割り込んできた。


 魅了の魔術はあくまで「対象に強制的に術者への好意を抱かせる」効果しかなく、対象の精神を支配して意のままに操れるわけではない。向こうの好意を利用して一方的に従わせることもできるから上位禁術の「支配」の魔術の代替として扱われるケースが多いが、対象を無理やり自分に惚れさせるだけなので対象の性格によっては術者の要求を飲まないこともあるどころか術者に害が及ぶ可能性もあり、確実性には欠ける。


 そして伯爵令嬢は、とにかくアミュレットの効力を上回ることだけを考えて無理をしてまで異様に増大させた魔力をフルパワーでぶつけた。魔術の威力は魔力に比例するため、かさ増しフルパワーの魅了はあまりにも深く渇望にも似た思慕を公爵令息に植え付けた。

 その結果、彼は伯爵令嬢のことを自身の「失われた半身」だと思い、その身が分かたれていることを嘆いて「せめて来世で結ばれたい」と無理心中に出てしまったのだ。


 奇しくもアンドロギュヌスの伝承のオチも、よそのカップルに横恋慕した女が無理心中で刺し殺されるという鮮血の結末だった。伯爵令嬢はその身をもって伝承の再現をやらかしてしまったわけである。

 ただ幸い衝動的に繰り出された魔法は心臓から外れており、その場に居合わせた生徒の一人がとっさに「停滞」の魔術をかけたおかげで騒ぎを聞いて駆けつけた教師の応急処置が間に合って、二人とも一命は取り留めた。


 伝承通りの鮮血のデッドエンドは免れたものの、伯爵令嬢のその後は明るくなかった。日頃から彼女に塩対応をしていたはずの公爵令息が突然豹変したために魔術による精神干渉が疑われ、魔術監査局による捜査が入ったことで魅了魔術の使用が確認されて伯爵親娘はあえなく御用となったのである。


 禁術の使用と公爵家嫡男への加害により伯爵は当主位剥奪の上鉱山での労務刑、伯爵令嬢も同様に長期間にわたる労務刑が宣告され、伯爵家は取り潰しとなった。禁術で公爵令息をたぶらかそうとした挙句、一歩間違えば殺していたことを考えれば当然の末路と言える。


 さて、一方で被害に遭った公爵令息であるが。学園内外を問わず各所で「あのアンドロギュヌスの……」とちょっとヒソヒソされることにはなったものの、本当に幸いなことに後遺症などは残らず元気にしている。婚約者との仲もこじれたりはせず、むしろ魔術監査局による調査で婚約者を深く想っているのが浮き彫りになったおかげで前にも増して仲睦まじくやっているとか。

 何せ監査官による事情聴取の折に「愛しい婚約者ではなく彼女が半身なのかもしれないと思って絶望したが、ただの魅了でよかった」と吐いたくらいベタ惚れの御仁だ。ちょっと愛が重い疑惑はあれど、その愛が異常に膨らまない限りは上手くやれるだろう。


 そして、公爵令息の命の恩人とも言える停滞の魔術をかけた生徒もまた、事案がきっかけで順風満帆な日々を送っていた。結果的に公爵令息の命を救ったことで公爵家と縁ができ、相次ぐ自然災害で困窮していた領地に多大な支援をしてもらったのだという。大規模な治水工事と復興支援により領地は潤って、その生徒も家族も「ありがたいやら恐れ多いやら」と恐縮しきっているそうだ。


 結果として、この事案で損をしたのは悪事を企てた伯爵家だけだった。


「天網恢々疎にして漏らさず、とはよく言ったもんだ」


 ぽりぽりと額を掻きながら呟いて、魔術監査局長官は部下の報告書に「承認」の判を押した。

 全ての不運が悪事に起因するわけではないが、悪事を起こせば必ずその皺寄せが来る——というのが魔術監査局長官である彼の持論だ。不正を働いて得をすれば人から買う恨み妬みはより大きくなり、後ろ暗い事情を抱えた分つけいられる隙もでき、同じ悪人とばかりつるみやすくなることで信頼関係も壊れていく。

 悪人との繋がりは所詮利の繋がりだから、普通の人間との繋がりと比べて崩れる時は脆い。より大きな利益をちらつかせられればすぐそっちになびき、悪人だから大抵は義理も何もない。

 だからこそ、悪事で築いた栄華は永遠には続かない。遅かれ早かれ全てが露見するか、内側から崩れて結局は廃れる運命にあるのだ。とはいえ、これは魔術監査局として「摘発した事案」に多く触れたが故の認知の歪みかもしれないが。


「ま、悪因には悪果、善因には善果が返るって考えた方が気分はいいわな」


 判を押した書類を「承認済」の箱に移して、長官はのんびりと紅茶をすすった。少しぬるくなった紅茶は産地からこだわった甲斐あって、冷めても風味の失われない素晴らしい味わいだった。

魅了の魔術で相手を操るってよくあるけど、「強制的に好きにさせる」だけが効果だったら意に沿わない行為は嫌がる人もいるんじゃないかな、むしろ好きになりすぎたせいで加害性が増すヤンデレもいるんじゃないかな…と。

ちなみにアンドロギュヌスは実際にあるお話ですが、現実とはちょっと話の内容を変えています。ヤンデレは神話時代から存在した!

あと、公爵令息君は魅了による唐突な心情の変化で「好きだったあの人より急に好きな人できた!?これが運命?じゃああの人は運命じゃないってこと!?僕は運命の人とは結ばれないの!?」とパニックになった結果思い詰めてしまっただけで、ヤンデレではありません。よかったね。

なお、仮に魅了がうまくいったとしても公爵令息君の婚約者への愛が消えるわけではなく、彼は自分の立場やお家の事情をよくわかっているので婚約破棄などしません。残念だったね。

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