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臨界

 アマルガム中央炉の最深部。そこは物理法則が悲鳴を上げる、事象の地平線だった。

 巨大な環状の加速器が咆哮を上げ、中心に浮遊する「核」は、もはや青ではなく、空間を侵食する禍々しい漆黒に染まっている。


「……遅かったな、工藤二曹。沢木恭太郎は、目的を果たせたのかね?」


 コンソールの中央で、九条が静かに振り返った。その背後には、異世界の風景――銀色の森と歪んだ空が、陽炎のように揺らめいている。


「沢木は死んだ。……あんたの造り出した化物たちと一緒に、瓦礫の下だ」


 栄太の声は低く、怒りで震えていた。九条は、それを聞いても眉一つ動かさない。


「沢木か。……哀れな男だ。五十年前、最初の接触事故で娘の星七セナを失って以来、彼の時間は止まっていた。彼はエーテルを憎んでいたが、皮肉なことに、彼の執念そのものが、抽出炉を動かす強力な『負のエーテル』として機能していたのだよ」


「あんたは……人の心まで燃料にするつもりか!」


「効率の問題だ。だが、沢木という不安定な供給源はもう不要だ。……完成したのだよ、完璧なインターフェースが」


 九条がコンソールを叩くと、栄太の全身を凄まじい衝撃が襲った。

 DNAの奥底に刻まれた「鍵」が、中央炉の周波数と完全に同期する。栄太の指先から、青い発光が皮膚を突き破って溢れ出した。


「ぐ、あああああああッ!!」


 骨が軋み、細胞一つ一つが強制的に書き換えられていく。視界が二重になり、2050年の東京と、見たこともない異世界の戦場が交互にフラッシュバックする。栄太の意識は、肉体という境界線を越えて、巨大な抽出炉のネットワークへと溶け出していた。


「素晴らしい……。工藤二曹、君の肉体はエーテルそのものへと昇華している。今、この瞬間、君は地球とエルトリアを繋ぐ唯一の『門』となった!」


 九条の狂喜の叫び。だが、栄太の脳裏を支配していたのは、九条の野望でも、財団の繁栄でもなかった。

 瓦礫の下で果てた沢木の、掠れた声だ。


『……あの炉を……俺の代わりに殺してくれ……』


 栄太は、光り輝く腕を、自らの意志でアマルガムの中心核へと伸ばした。

 九条が求めているのは「安定した接続」だ。ならば、その逆を行く。


「……俺は……あんたの部品にはならない……!」


「何をしている! 出力を上げるな! 空間が維持できなくなるぞ!」


 九条の顔が初めて驚愕に歪む。栄太は自身のDNAが放つエネルギーを、逆位相で炉へと叩き込んだ。

 制御不能となったエネルギーが渦を巻き、中央炉を中心に、空間が内側へと崩壊を始める。


「工藤! 止めるんだ! このままでは、君自身がどこへ飛ばされるか——」


「……任務、継続」


 栄太の肉体は、まばゆい白銀の閃光に包まれた。

 栄太の肉体は、もはや物理的な実体を保っていなかった。血管を走る青い光が皮膚を透過し、意識は幾千もの回路へと拡散していく。


 崩落する東京の空。そこから溢れ出す無数の「箱」が、時空の裂け目へと吸い込まれていく光景を。その中の一つ――自衛隊の最新鋭生命維持装置「ライフ・カプセル」の中に、彼は確かに収容されていた。


『――事象境界、突破。座標、エルトリアへ固定』


 無機質なシステムの音声が、虚しく響いた。

 栄太を包んだ閃光が、人工島のすべてを真っ白な虚無へと変え、次の瞬間、彼は重力からも、時間からも解き放たれた。

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