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残響

 アマルガム中央炉へと続く大回廊。崩落した天井から火花が散り、青いエーテルの霧が視界を遮る中、一人の男が栄太の前に立ち塞がった。

 タクティカルウェアの胸元には、テロ組織『SENA』の刺繍。だが、男の風貌に兵士としての覇気はない。あるのは、すべてを焼き尽くした後の灰のような、虚無的な気配だけだった。


「……ここから先は、地獄の釜の底だ。自衛官」


 男の声は掠れていた。手にした起爆装置を握る指は、執拗なまでに震えている。


「お前がSENAのリーダーか。……こんなことをして、何になる。地上は怪物で溢れ、無実の人間が死んでいるんだぞ」


「……無実、か。……五十年だ。五十年前、エーテルが初めてこの世界に『発見』されたあの日。……俺の娘、星七セナは、その青い光に呑まれて消えた」


 男が呟いた名の響きに、栄太は息を呑んだ。組織名『SENA』。それは大義名分でも何でもない、ただ一人の父親の、届かぬ叫びだったのだ。


「詳細は語らん。語る価値もない。……ただ、あの光が触れるものすべてを、俺は許さない。星七を奪ったこのエネルギーが、平和の象徴として祀り上げられるなど……反吐が出る」


 男の瞳には、エーテルに対する根源的な憎悪だけが宿っていた。彼は財団の闇を暴きたいわけではない。ただ、世界を支える基盤そのものを破壊し、娘を奪った光をこの世から消し去りたいという、哀れなまでの執念に支配されていた。


「お前も、あの九条に選ばれた『部品』なんだろう? ……可哀想にな。お前のその体も、いずれあの光に溶けて、人間ではなくなる」


「……かもしれない。だが、俺はまだ、自衛官だ」


 その時、回廊の奥から異形の咆哮が響いた。実験の影響で怪物化した「元・財団警備員」たちが、血に飢えた獣のように二人へと襲いかかる。


「(ちっ……!)」

 栄太が銃を構えるが、細胞の変異による激痛で膝をつく。男は冷笑を浮かべながらも、懐から旧式の焼夷手榴弾を取り出し、怪物の群れへと投げつけた。


「勘違いするな。俺はエーテルを壊す。その邪魔をされるのが嫌なだけだ」


 皮肉な共闘だった。娘を奪った光を憎む男と、その光に適合させられた青年。二人は背中を合わせ、押し寄せる異形たちを迎え撃つ。男の戦い方は、自暴自棄で、死を恐れない狂気に満ちていた。


「星七……見ていろ……すぐに行く……」


 弾丸を撃ち尽くし、格闘戦に持ち込む男の背中は、もはやリーダーとしての威厳などなく、ただ過去の亡霊を追いかける老いた父親のそれだった。

 栄太は、男の放つ凄まじい「負の感情」が、体内のエーテルと共鳴するのを感じた。憎悪さえもエネルギーとして吸い上げる自身の肉体に、栄太は吐き気を覚えた。


「……おい、リーダー! 死ぬな!」

「……黙れ。……お前は先へ行け。……そして、あの炉を……俺の代わりに殺してくれ……」


 男は爆薬の束を抱え、後方から迫る後続の変異体へと突撃した。

 凄まじい爆発音。

 回廊が崩落し、男の姿は瓦礫の中に消えた。


 後に残ったのは、焦げたコンクリートの臭いと、栄太の耳に残る「星七」という名の哀しい残響だけだった。栄太は一度も後ろを振り返らず、涙を拭い、最深部の扉へと走り出した。

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