宣戦
爆音は、序曲に過ぎなかった。
人工島の中央パビリオンから上がった火柱は、空を彩っていたドローンの群れを容赦なく叩き落とした。来場者たちの悲鳴が、祝祭のファンファーレを塗りつぶしていく。
「各員、一般客を退避させろ! パニックを抑えろ!」
栄太は絶叫しながら、二十式小銃を構えてゲートへと走り出した。
だが、その足を止めたのは、敵の銃火ではなかった。
「……何だ、あれは」
隣で佐藤が呆然と空を見上げている。
爆煙を切り裂くように、東京の空に「ひび」が入っていた。
それは鏡を叩き割ったような鋭利な亀裂で、そこから溢れ出しているのは、見たこともない「どす黒い紫」の蒸気だった。
――ガガッ、ピーー……!
万博会場の巨大モニター群が一斉に同期し、砂嵐の中から「SENA」の白いロゴが浮かび上がる。
『――愚かなる同胞よ。財団の提供する“奇跡”の正体を見よ』
変声機を通した重い声が、島全体に響き渡る。
『エーテルとは、地球の血ではない。あちら側の世界を腐らせ、その死を啜り取る毒だ。いま、その毒が器から溢れ出した』
「SENAの声明か……! 奴ら、何を仕掛けた!?」
栄太が叫んだ瞬間、空の亀裂から降り注いだ黒い蒸気が、墜落したドローンの残骸に触れた。
次の瞬間、鋼鉄の塊が生き物のように脈打ち、グチャリと肉の焼けるような音を立てて膨れ上がった。
「ドローンが……変異しているのか!?」
カメラレンズは濁った眼球へと変わり、プロペラの支柱は鋭利な骨の脚へと変質していく。それは「機械」と「生物」を無理やり継ぎ合わせたような、醜悪なキメラだった。
「来るぞ! 撃てッ!」
栄太の号令とともに、自衛官たちが一斉に火を噴いた。
物理弾が変異体の外殻を弾く。だが、怪物の傷口からは血液ではなく、ドロリとした青い液体――高純度のエーテルが噴出し、それが傷を瞬時に塞いでいく。
「魔法……いや、再生能力か!?」
「クソッ、銃が効かない!」
パニックが加速する中、栄太の脳内のノイズが、これまでで最大の音量で炸裂した。
脳を直接ナイフで削られるような激痛。視界が歪み、世界が青い線図に分解されて見える。
(見え……る。エーテルの流れている『道』が)
栄太は反射的に、小銃を腰だめに構えた。
彼の目には、怪物の胸部、鉄骨と肉が癒着した奥底に、拍動する「核」が青く輝いて見えていた。
――タタンッ、タタンッ!
正確な指切り射撃が、怪物の核を貫く。
絶叫のような電子音を残し、キメラは一瞬で塵となって霧散した。
「工藤……お前、今どうやって……」
佐藤が驚愕の表情で栄太を見る。だが、栄太に答える余裕はなかった。
空の亀裂はさらに広がり、そこから無数の「影」が、重力を無視して地上へと降り注いでいたからだ。
その時、再び耳の奥で、あの冷徹な声が響く。
『――評価を上方修正する。工藤栄太、貴官の視覚は“同調”を開始した。……中央炉へ急げ。SENAのリーダーを止めるのではない。炉が『こちらの理』を食い尽くす前に、中和せよ』
崩壊する人工島。
変異する怪物たち。
栄太は、血の混じった唾を吐き捨てると、地獄と化したパビリオンの深部へと、一人駆け出した。




