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祭壇 

 西暦2050年。東京湾を埋め立てた人工島は、青い光の海に沈んでいた。

 空を覆うのは、エーテル燃料を用いた数千機のドローンが描く、巨大な龍のホログラムだ。人類が無限のエネルギーを手に入れたことを祝う「エーテル万博」。その眩い光は、島に漂う磯の匂いさえも覆い隠していた。


「――第4ゲート、異常なし。現在、民間人の入場率は120%を超えています。……ええ、現場は地獄ですよ」


 工藤栄太二等陸曹は、無線機に冷淡な声を吹き込んだ。

 彼の纏う最新型のタクティカル・ベストには、陸上自衛隊の階級章と共に「万博警備部隊」の腕章が縫い付けられている。周囲には、祝祭に浮かれる家族連れやカップルの波。彼らの笑顔を、栄太は防弾ヘルメットのバイザー越しに、温度のない視線で眺めていた。


「おい、工藤。そんな怖い顔をするなよ。今日は歴史が変わる日なんだぜ?」


 隣で二十式小銃を抱える同期の佐藤が、緊張を解くように話しかけてくる。だが、栄太の耳は別のものを拾っていた。


(……まただ)


 高周波のノイズ。キィィィンと耳の奥を掻き毟るような不快な音が、数分おきに脳を揺らす。他の隊員には聞こえていない。それは、島の中央にそびえ立つ、巨大な抽出炉「アマルガム」の鼓動と連動しているようだった。


「佐藤、搬入路(エリアC)を見ろ。……あれは自衛隊の車両じゃないな」


 栄太が指し示した先。そこには、漆黒の装甲車が列をなしていた。

 車体には、蛇が知恵の輪を象ったような不気味なロゴ――「エーテル財団」。

 そこから降りてきたのは、正規軍ではない「私設兵器」を纏った男たちだった。


「財団のセキュリティチームか。……あんな重武装、万博の警備に必要か? まるで戦場に行くみたいだ」


 男たちが運び出しているのは、鉛で幾重にも封印された円筒状のコンテナ。その隙間から、ドロりとした「黒いエーテル」が蒸気となって漏れ出している。

 栄太の脳内のノイズが、その瞬間、絶叫へと変わった。


「(うっ……)」

「どうした、工藤?」

「……いや、なんでもない。……ただ、嫌な予感がするだけだ」


 栄太はバイザーを上げ、直接そのコンテナを見据えた。

 その時、財団の男たちの一人が足を止め、栄太を見た。強化外骨格のフルフェイス・ヘルメット。その奥の瞳が、獲物を定めるように栄太を凝視し、口角を歪めたのが分かった。


 ――ガガッ。


 突如、栄太の個人端末が、本部を介さない暗号化通信を拾う。


『――工藤二曹。貴官の聴覚デバイスは、正常に動作しているようだな』


 送り主は不明。だが、声は冷徹で、絶対的な上位者の響きを持っていた。


『そのノイズを忘れるな。それが、新世界からの招喚状だ。……間もなく、SENAによる第一波が来る。貴官は“門”を守れ。それが真の任務だ』


「……誰だ!? 応答しろ!」


 叫んだ瞬間、人工島の反対側で巨大な火柱が上がった。

 祝祭の音楽は一瞬にして悲鳴に書き換えられ、青い空が赤く染まっていく。

 ドローンたちが糸の切れた人形のように来場者へ墜落し、海からは見たこともない形状の武装艇が浮上してくる。


 過激派テロ組織「SENA」による、世界の基盤を揺るがす宣戦布告。

 栄太は小銃のセレクターを『連射』へ切り替えた。

 鋼鉄の祭壇の上で、2050年の平和が、ガラス細工のように音を立てて砕け散った。

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