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血赤のディナ  作者: 紫藤てる


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6.仕事

 紐で繋がれた一行はイェラの先導でゆっくりと土道を歩いて行く。

 最後尾の痩せぎすの男はその歩みに文句があるのか、ぶつぶつとした苛立ち混じりの呟きと、時折列が乱れると舌打ちをして不満を露わにしている。

 前を行くジールは平静を装っているが、舌打ちが聞こえる度にぴくりと耳を震わせる。

 ディナはそんなことよりも興味深い外の世界を観察するのに忙しく、立てた耳がきょろきょろ、視界はあっちこっちに揺れる。


 遥かに続く道の先、右側は奥に向かって森が広がり、反対側は街だろうか、森の外縁を避けるように石の外壁があり、その向こうからいくつか建物が顔を覗かせる。

 さらに遠くの空は薄らと赤く煙って見え、時折、きらりと()から()に流れ星のような緑の閃光が走る。――なんだ?局所的な異常気象だろうか、記憶のない俺の常識では判別のできない光景だ。

 ディナ以外は見慣れているのか特別注目しているようには見えない。この世界特有の自然現象かも知れない。


 しかし、それよりも今はディナ達が一体どこに、何をしに向かっているのかが気になる。

 周りはどうも答えを持っていそうなので、景色に夢中になっているディナに聞いてもらうこととする。


(なあ、お楽しみのところ悪いんだけどちょっといいか?)

「……なに?」


(ジールにこれから何しに行くのか聞いてくれないか?)

「なんで?」

 理由が必要なのか?いちいち説明を求めるのは子ども故かなんなのか……少し面倒に思う。


(いいから聞いてくれ)

 すると、突然喋り始めたディナに慌てたように振り向くジール。

 口に手を当て、静かにするように主張している。


「?……ジール、これからなにするの?」

「え?もりでえだひろい……」


 その身振りの意味がわからず質問するディナに、思わずといった様子でジールが答えると、急に左手が後ろに強く引かれ、列全体がつんのめるように止まる。

 どうやら繋がれた紐が引かれたようだ。そして直後に最後尾から男の喚くような怒声が飛んでくる。


「ひぅ、ご、ごめんなさい」

 首をすくめ、急いで前を向くジール。完全にとばっちりだ。

 申し訳ないことをしたと思いつつも、ひとまずこの移動の目的がなんとなく知れて満足する。

 家の炉の近くに木の枝束があったことを思い出す。

 小さい子達を集めて行く意味はわからないが、燃料に使う枝を集めるのだろうとあたりをつける。

 

 それからは何事もなくしばらく歩き、途中で横道に逸れ、森の入り口へと辿り着く。


「止まれ!!」

 最後尾の痩せぎすの男に命じられ、一行は柵の間に挟まれた扉の前で止まる。


 柵は主に森の入り口を示す目的なのだろう、外縁の途中で途切れ、その先は不揃いな石を積み上げたものが、境界線の代わりなのか、ぽつぽつと等間隔に配置されている。


 繋がれたままその場でしばしの待機となり、時折だった男の舌打ちが間隔を詰めてきた頃、ようやく木が軋む音を響かせながら、ゆっくりと目の前の扉が開く。


 中から現れたのは背の低い男、森の緑で染め上げたような外套を羽織り、留め具には白っぽい金属でできた徽章を付けている。

 右手には長い木の杖、左腰には角笛を下げている。その男はこちらを一瞥すると、無言で茶色い髭に覆われた顎をしゃくる。

 すると、最後尾から慌てたように痩せぎすの男が飛んでいき、証書のようなものを見せる。

 先程までの苛立ちはどこへやら、いやに腰が低い。

 ――胸がすく思いだ。

 そして一言二言と言葉を交わすと、髭の男は扉の奥へと外套を翻し、森に溶け込むように木々に紛れて見えなくなる。

 それを見送った痩せぎすの男は最後尾に戻り、縄を手に取ると、これまで以上の怒鳴り声で叫ぶ。


「行け!!!」

 命令を受け、森に入っていく。


 入口を境として空気が密度を上げたように様変わりする。

 湿度が高いのか、薄らと霞みかかって見える。

 ディナは土と葉の匂いが湿り気を帯びて身体にまとわりつくような、そんな感覚に思わず首から尻尾にかけて全身をぶるっと左右に振るように震わせる。

 すぐ後ろのヴァスからも身を震わせる気配。前のジールはぴくりと動いたが、先頭の平静なイェラに倣ってか、堪えたようだ。

 憧れが子どもを大人にしていくのだなあ。なんて、呑気なことを考えているうちにも一行は森の奥へと進んでいく。

 気のせいか、進むごとに霧が濃くなり色づいてきているように見える。なんだか少し赤いような――?

 すると、最後尾から号令があり、少し開けた場所で一行は止まる。ここで枝集めをするのだろう。


 イェラが前から縄を外していく。最後尾の男はいつの間にか少し離れた切り株で腰をかけている。


「さあ、お昼の鐘が鳴るまで枝を集めましょう、怪我をしないように――「オレがいちばん!」「待ちなよ、ヴァス!」

 とイェラが言い終える前にヴァスが駆け出して行き、ウィルもそれに続く。


「遠くには行かないのよー!もうっ、……ディナは初めてだったわね」

 離れて行く二人に声をかけると、気を取り直しディナに向き直るイェラ。


「うん」

「それなら今日はお姉さんと一緒にやりましょうね」

「ジールもっ!」


 そうして、使える枝の見分け方や整え方などをイェラから学びつつ、三人で枝を一箇所に集めていく。

 大人の一抱えほどになった頃、木々の間からヴァスが走って戻ってくる。


「みろよジール!すっげえまっすぐなえだ!」

「もー!なにそれ!ちゃんとやって!」


 ああ……わかるぞ少年。長さといい、形といい、とても良い枝だ。気持ちがよくわかる。

 そして、それを使って何をするのかも。


「はっ!やっ!とー!」

 手頃な棒は武器となる――男という生物の(さが)は、世界を越える。

 そして幻想と戦うヴァスの背後から枝を抱えたウィルが木々の間からやってくる。


「ヴァス、君もちゃんと――」

 注意しようとしたところ、間の悪いことに、ヴァスが振り向きざま背後に放った一撃が迫る!


「おっと!」

 ウィルは仰け反るように回避、抱えていた枝が地面にばら撒かれる。


「あ、ウィル(にい)ごめ……」

「やったな!」

 ウィルはニヤリと笑うと、ばら撒かれた枝の一本を右手で掴み取り、そのまま逆手で地を這うような体勢から切り上げる!


「うわ!」

 ヴァスは驚異的な反射神経で、振り切った体勢から枝を正眼に構えるようにしてその一撃を枝で受ける。

 そのまま飛び退り、ウィルから距離を空ける。……身体能力もすごいが、いやに本格的だ。見本でもあるのだろうか。


「あっぶねー!」

「ふふっ、やるね、ヴァス」

 不敵に笑うウィル。すかして見えたが、こいつも(ばか)だ。


「もー!ウィルまで!」

「あら……」

 憤慨するジールと困ったふうにいつもの笑顔に少し眉根を寄せるイェラ、そんな二人を尻目に男達は一進一退の熱い戦いに突入していく。


 しかし子どもというのはどんな環境でも遊びを忘れないようだ。

 強いものだな、と感心する。……というかこんなことしてて怒られないのだろうか。


(ディナ、ちょっと後ろを見てくれ)

「?うん」

 振り向くと切り株に座っている痩せぎすの男は何やら皮袋を呷って赤ら顔だ。

 性能のいい鼻はツンとした匂いも嗅ぎ分ける。職業意識は低いらしい。……そんなんだから下っ端なんだよ。


 そうして見ていると、ばきりと乾いた音が響く、

 

「「あっ」」

 次いで(ばか)二人の重なる声。


 振り向くと、ウィルに押し込まれたヴァスが、イェラ達で集めていた枝を後ろ足で踏んでいるところだった。


  一瞬の静寂。木々の騒めきと鳥の声だけが、やけに大きく響く。

 先程までとは打って変わって冷えていく二人とその横で静かに熱を滾らせていく二人。

 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音。

 そして――熱は沸点に達する。


「もうっ!二人とも!いい加減にしなさい!」

「もー!ふたりとも!いいかげんにしてっ!」

「「ごめんなさーい!!」」

 重なる怒声と謝罪の声は静かな森に響き渡るのだった。

次回 3/10 20時更新

(次回より毎週火曜日20時更新予定)

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