5.外
「ミエルスラァイナッ!」
ディナ達の前に立つ男の怒鳴るような声が響く。
「はい」
「ズィエルイナザリッ!」
「う、は、はいっ!」
「ディナイナフィエルッ!」
「……はい」
イェラに続き、ジール、ディナが呼ばれる。
「……来い、他はそこで待っていろ」
そう言って、こちらを一瞥すらせずに来た方向へ歩いていく男。
イェラが近づいてくる。にこりと微笑み、右手にディナ、左手にジールと手を繋いでいく。
そして二人の小さな歩幅に合わせながら、ゆっくりと男の後を追う。
手を引かれて歩いていると、いままで暗かったのと息つく暇がない状況で意識していなかったが、――家のある一帯が囲われている。
丸太の先を尖らせた杭のようなものがびっしりと立ち並び、壁となって囲んでいる。
前を行く男の頭ひとつ分くらいは高いだろうか。
ディナの目線では外はまったく見ることはできない。
囲いは途中で閂のある扉になっており、横には囲いのちょうど倍ほどの高さの木製の見張り台が聳える。
見上げた頂上には屋根、その下には鐘が吊るされている。
朝の鐘の音はここで鳴らされたのだろう。
内か外、あるいはその両方の監視、そして時間の管理、か……。
扉の前で止まると、向かいの家の前からやってきた三人、人間の男と二人の獣人の少年と合流する。
大人達は何事かを打ち合わせしながら離れ、イェラもそれに続く。
「よお」「やあ」
「ヴァス!ウィルっ!」
笑顔で挨拶に答えるジール……後半の声が高いように聞こえたのは気のせいか?
ともあれ、ディナに年齢が近そうな艶のある黒い長めの短髪のやんちゃそうなのがヴァス、ジールより少し年上そうで白っぽい金髪に落ち着いた雰囲気なのがウィル、らしい。
二人とも獣耳の形は似ていて、幅のある大きめの耳が頭の横に垂れている。
「あれ?その子は?」
ウィルが彼らから見てジールの影になっていたディナに気づく。
「この子はねー、ディナ!きたばっかりなの!」
そう言ってディナを押し出すようにして紹介するジール。
「ディナか!オレはヴァス!」
「ぼくはウィル、よろしくね」
「……うん」
(おい、そ――)
「こら!ちゃんとごあいさつしなさい!」
俺が注意する前にすかさずジールの注意が飛ぶ。さすが。
「ディナ、よろしく」
「あはは、うん、よろしくね」
自己紹介をし終えたところで、イェラが先程一緒にいた二人の男ともう一人、別の男を伴ってやってくる。
ヴァス達とやってきた男は、向かいの家へと戻っていき、ディナ達とやってきた厳しい顔の男は、恐らく外に繋がっているであろう閂で閉ざされた扉の前に立つ。
残ったもう一人の男――茶色く薄汚れたローブに外套を羽織り、その留め具には黄土色の金属でできた徽章のようなものを着けている。
服からは細い手足が覗き、痩せぎすな印象を受ける。
見るからに神経質そうな細面に落ち窪んだ目を見開いて、こちらに向かって早口で何かを喚いている。
ディナの語彙になく、何を言っているのか聞き取れないが、雰囲気から子どもに聞かせていい言葉ではなさそうなのはわかる。
「はい、みんな、並びましょうね」
そう言うと、イェラは男を子ども達の視線から隠すように前に立ち、優しく指示していく。
イェラに呼ばれるままにジール、ディナ、ヴァス、ウィルと一列に並ぶと、イェラは喚き続ける男から丸く纏められた縄を受け取り、そのままそれをジールの差し出された左手を結ぶ。
ディナの前に来ると、ジールと繋がっている縄を、同じように手早く左手に結んでいく。
「痛くない?」
イェラはディナの左手首と縄の間に指一本入れて、尋ねてくる。
「いたくない」
「そう、外さないようにね?」
そう言い、ヴァス、ウィルとさらに繋げていき、後ろ端の縄を男に渡し、ジール側の前端の縄をイェラが左手に持って、数珠繋ぎのままイェラを先頭に一列で扉の前に来る。
拘束は緩いがそういうことじゃない。
子どもが子どもを拘束、それを指示する大人、それが当たり前で慣れた雰囲気の子ども達……全てがまともじゃない。
(なあ、ディナ、これから何をするんだ?)
「……?わかんない」
(そう、か……)
ガチャリ、と錠が外され、閂が抜かれる。重々しい軋む音を立てて扉が開く。
「さ、行きましょう」
先頭のイェラがそう後ろに声をかける。
――きっと知らないのだ、この子達は。こうした不可解を積み重ねて、当たり前の日常が形作られていくのだろう。
そして、子ども達は外へと歩き出す。
光――、視界から壁が取り払われ、目に入るは遥かな地平まで続く空の青と地の緑、輝くように世界は明度を上げる。
きょろきょろと視界が目まぐるしく動く。
新たな刺激にディナの心拍は高鳴り、連動するように尻尾がパタパタと振られる。
そして無意識に駆け出そうと、――左手の縄に止められる。
そうだったと、少し残念に思うディナだが、イェラとの約束を思い出し、大人しく前に続く。
その前では澄まして歩く二人の後ろ姿にご機嫌な尻尾がニ本。
開放的な風景と楽しげな子ども達……そんな平穏そのものの景色が俺には作り物めいて見え、楽しそうな二つの背中を鬱屈とした思いで眺めるのだった。
次回 3/3 20時更新




