4.『家族』
イェラに手を引かれ、ラヴが開け放したままの扉の前に来ると、そのまま家の中に入る。
中は壁や仕切りはなく、ぐるりと全容を一目で見渡すことができる。
部屋は奥行きのある造りで、入り口から左側に広がる。
天井はなく、剥き出しの黒い梁が数本、頭上に横たわり、梁の上にはところどころ板が渡り、木箱や麻袋が所狭しと乗っている。
そして、中央近くの梁には食料だろうか、萎びた野菜や草、黒っぽい肉のようなものが、鈴なりに何本もぶら下がっている。
玄関扉のすぐ横には水樽、壁に箒が立てかけてあり、床は踏み固められた土といった様相。
部屋の中央には周りが石で囲まれた焚き火――炉が床に直接設置されており、鉄製の三脚から木蓋のされた鍋がぶら下がっている。
蓋の下では何かがぐつぐつと煮え、湯気と煙がぶら下がる食料を燻しながら、天井のない屋根の隙間へと立ち昇り、消えていく。
その周りでは、入り口側の壁際でラヴを膝に乗せたリヴを奥に、ジールが並んで地べたに座り、木の椀と匙を手に食事を摂っている。
反対側の壁には木製の粗末な梯子が寝かされ、その後ろには薪と枝を束ねたものが立てかけられている。
部屋の奥側はディナの膝くらいの高さの木製の高床となっており、その上には丸められた粗末なボロ布のような毛布が三つと壁には束ねられた長い干し草のようなものが数束立てかけられている。
――これで全てだ。大人はおらず、生活で使用する以外のものがない。
ここにいる子達は獣耳と尻尾という共通点以外で外見に似たところはなく、血縁関係には見えない。
それで、この『家』は孤児院のようなものではないかと想像していたが……そういうのは別の建物なのか?
「ディナ?どうしたの?」
部屋に入るなりぼーっと部屋を眺めるように固まってしまったディナを心配したイェラが、正面にまわり身を屈めると両肩に手を置いてくる。
薄々気づいてはいたが、ディナの固まる要因はきっと俺だ。
まるで小説のト書きのように見たもの全てを文章で説明するこの思考は、幼いディナの脳では処理しきれずに固まってしまうのだろう、か?
しかし開き直るようでディナには悪いが、何故かやめられる気がしないので悪霊に取り憑かれた弊害として諦めてもらおう。
「?……なに?」
疑問を呈するディナ。
(なんでもない、気にするな)
「え?……急に止まっちゃったからお姉さん心配になっちゃって、どうしたのかなーって」
俺に対する疑問に返答するイェラ。
ディナとイェラ、二人して首を傾げることに。
そんなやり取りを見ながらなにかを齧っていたジールが声をあげる。
「みま!おまめも!」
「ジール、お口の中のものを飲み込んでからお話しましょうね?」
すかさず注意するイェラ。
「んぐっ、イー姉!ディナお化けとおはなししてるんだって!」
「お化け……?そうなの?ディナ」
「ん……マサキ、ずっとしゃべっててちょっとうるさい」
なんてことを言うんだ。俺がお喋りみたいじゃないか。
「あら、それは困ったわね。……こーら、お化けさん?煩くしたらダメよ?」
(あ、なんかすみません)
ディナの肩越しから背後の虚空に向かって怒ってみせるイェラに思わず謝る。
「マサキ、あやまってる」
「ふふっ、そう、わかってくれたならよかったわ。……さ、ディナ、ご飯にしましょうか」
本気にはしていないようだ。そりゃそうか。わかってはいたがディナ以外と話せるかと一瞬期待してしまったので少し残念に思う。
イェラに手を引かれ、炉に近づくと、リヴが膝の上のラヴとイェラと鍋の間で視線をおろおろと彷徨わせる。ラヴは我関せずといった様子で膝の上で食事を続けている。
「いいのよ、ありがとう、リヴ」
リヴにそう声をかけて、炉の脇の木箱から椀と匙を取り出す。
「……はい、ディナ、熱いから気をつけて食べなさいね」
鍋の木蓋を外し、中のスープを注ぐとディナに渡してくる。
「うん」
受け取ると短く返事、そのまま炉を挟んでジールの向かいにぺたりと座るディナ。
スープは茶色くどろっとしており、溶けかけの豆や麦、野菜のかけらのようなものが時折見える。
スープを観察していると、炉の端に乗っている石板で焼いていたらしい、黒く平たいパンを渡される。
「さ、食べましょうね」
そう言って右隣に座るイェラ。促されたディナは食事に取り掛かる。
(……うまいか?)
「?」
(おいしいかって)
「???」
言葉がわからなかったかと思って言い直してみたが、そもそも美味に類する言葉を知らないようで、こちらの言葉に変換ができない。
周囲の子達も黙々と食べ進めている。
そこに楽しさは見受けられず、食事は生きる為の行為として認識しているような印象を受ける。
子ども達に美食の概念がないことに切なさを感じ、せめてディナだけでもと、言葉すらわからない概念をどうにか伝えようと考えていると、トーナとアリスが帰ってくる。
「やれやれ……おそくなっちゃったな」
疲れた顔で炉の手前にどかっと胡座をかいて座るトーナ。
「イェラ姉さん、ただいま戻りました」
平静にイェラに報告し、そのまま流れるように椀にスープを注ぎトーナに渡すアリス。
自身の分も注ぐとトーナの隣で両膝を横に揃えて座る。
「はい、二人ともおかえりなさい」
イェラが二人にパンを渡すと二人はお礼を言って食べ始める。
しばらくして、食べ終わったディナは空の椀から顔を上げる。
リヴはラヴを膝に乗せて手で髪を漉いている。
ラヴは先程の奔放さと打って変わって大人しく目を細めてされるがまま。
ジールは、あのねあのねとイェラにいかに今朝の水汲みが上手くできたかを報告中。
それを笑顔で時々相槌を打ちながら聞いているイェラ。
トーナとアリスは協力して後片付けをしている。
毎朝の光景なのだろうか。微笑ましく思い、なんだか笑い出したい気分だ。
その俺の感想にディナは何が面白いのかと首を傾げるが、そんな風に当たり前に感じているディナにもつい嬉しくなる。
俺は傍観者でしかないが、ここに確かな居場所を感じ、ふと『家族』という言葉が浮かぶ。
この言葉も概念もディナの中にはなかったのだが、これはきっと伝えられる、とこの光景を見てそう思うのだ。
――鐘の音。そんな楽しい気分に冷や水を浴びせるかのように、家の外からカン、カン、と二回続けて金属を打ち据える高い音が聞こえてくる。
楽しく話していたジールは押し黙り、弛緩していた空気が引き締まるのが感じられる。
「さあ、行きましょう」
そう言って立ち上がったイェラは、いつもの笑顔で皆を見渡すと外に出る。
リヴとラヴ、トーナ、アリスと続き、ジールが続き、かけたところで振り向いてディナの前にやってくる。
「ディナ!ディナイナフィエルだから!ね!」
言うと、ディナの手を引っ張りながら外に出るジール。
後に続いて扉を潜ると、手を引かれるままに、出た順に家の前に並んでいる列に加わる。
足元を見る、家の影が少女達が並んでいる軒先との境界を作っている。
顔を上げる、向かいの家でも鏡合わせのようにこちらを向いて一列に数人が並んでいるのが目に入る。
そうしているとディナのいる方向から規則正しい靴音。
朝日が照らす中、誰かが前を歩いてくる。
その人物は並んでいる列のちょうど真ん中、全員を視界に収める距離で止まるとくるりとこちらに振り向く。
厳めしい顔で髭を蓄えた短髪の壮年男性。
くすんだ金髪の頭上に耳はなく、毛のない耳が顔の両側にある。
ディナ達の住んでいる家、孤児院?の管理者だろうか。
「ニンバルッ!」
がなるように男性が叫ぶ。
びくりと隣のジールが肩を跳ねさせる。
ディナはきちんと言葉の意味を理解していないようで、なんとも顔に似合わない間抜けな翻訳となってしまったが、点呼とか、名乗れとかそういうことだろうか。
ようやっと大人が出てきたかと思ったら、とても嫌な気配がする。
「ミエルスラァイナ」
普段通りの笑顔で答えるイェラ。
「リナフヴァサヴァン……」
節目がちに答えるリヴ。
「……ラヴァンイナスラァ」
くだらなそうに無表情で答えるラヴ。
「トートヌナイナ!」
威勢よく答えるトーナ。
「ヴァリスラァオート」
淡々と答えるアリス。
「じ、ず、ズ、……ズィエルイナザリっ!」
緊張に震えた声で答えるジール。
「でぃな、……いなふぃえる」
愛称を名乗りかけて途中で思い出して付け足すディナ。
(……なんなんだ、これは)
――異様な光景。幼児とよくて10代前半くらいの少女達が、ぴしりと真っ直ぐ立ち、順に名乗っていく。
その格好は一様に粗末な貫頭衣、靴のない足は布巻き、対してしっかりとした茶色の厚手の服にブーツ、左腰に剣を佩いている人間の男性。
孤児院のようなところで貧しくも大人に守られ暮らしているという優しい幻想は打ち砕かれ、否応にも支配的な構造が想像される。
そしてそれを当たり前と受け入れている様子の少女達。
その価値観の隔たりに、近しく感じ始めていた彼女達が、急にどこか"別世界の住人"に見え、俺は異物なのだとまざまざと突きつけられる。
……俺は一体何処に来てしまったのだろうかと、不確かな足場にいる感覚に不安を覚えるのだった。
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