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血赤のディナ  作者: 紫藤てる


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2.水汲み道中ふわ癖毛

 転んだ拍子に半分以上の水を溢していたので、汲み直すことにした二人。ディナに憑依(?)し、動くこともできない俺はそんな二人を見守ることにした。それしかできないとも言うが……


 さておき、薄暗い中を二人は歩いていく。ほんの少し先、建物の角を折れると古ぼけた井戸が見えてきた。

 二本の柱が井戸の横から伸びており、上には小さな屋根、井戸のすぐ上、柱の間を丸太が渡り、柱を挟んで左端には巻取用の鉤状の柄、中央は縄がぐるぐるに巻き取られ、その端に繋がれた木製の桶、釣瓶(つるべ)が井戸を塞ぐ木蓋の上に置かれている。


 井戸にたどり着くとジールは木蓋を外す。傍に蓋を立てかけると、巻取柄に子どもでも届くように置かれたであろう粗末な木製の踏み台に上がり、井戸上の丸太の切り口側に刺さっていた木の楔を抜き去る。

 直後、縄を巻き取っていた丸太が回転、釣瓶が井戸の中に落ちてゆき、一瞬後に水音が立つ。


「はいこれ!おねがいね!」

 ジールから先程の楔状の木片を渡される。

 これを突き刺して固定する手順のイメージがもやもやとディナから伝わってくる。


 「よい、しょーっと!」

 井戸の小さい屋根の下、踏み台の上でそれでも足りない背を目一杯に伸ばしながら、ジールは勢いよく柄を回して縄を巻いていく。

 

 重いだろうに、よくこんな小さな子があれを回せるものだと感心し、この身体能力の高さは耳や尾の獣の特徴のある人、言うなれば獣人の特性なのかとつらつら思索を巡らせようとしたところで、井戸の中から水がたっぷりと入った釣瓶が上がり切る。


「んぎーっ!ディナはやくとめて!」

 顔を真っ赤にして大声でこちらに叫ぶジール。

 

 おお、と自分の役割を思い出したディナはとてとてとジールに近づいていく。

 ディナは踏み台に上がると驚くことにそのままひょいと身軽に井戸の縁に立ち、縄を巻き取っている丸太の穴に手に持っていた木片を刺す。

 それを確認したジールが力を抜くと、丸太は逆回転を始めるが、刺した木片と柱が当たり、鈍い音を立ててすぐに回転が止まる。


「ふぅーっ……もー!またぼーっとしてたでしょ!」

 一息つくや否や怒り出すジール。本当に忙しない。


「……?」

 首を傾げるディナ、自覚はないようだ。


「ぼーっとしてたの!おとすところだったんだから!ごめんなさい、でしょー!?」

「ごめんなさい……?」


 ディナの疑問符のある謝罪にジールはさらに何か言いたげな表情だったが、作業を優先することにしたようだ。

 ジールは井戸の縁に立てかけてあった先端が鉤状になっている棒で釣瓶を手繰り寄せると、手持ちの木桶に水を移し替えていく。いっぱいになると、その重そうな水桶をディナは短い腕で抱きかかえるように持ち上げ、そのままよたよたと歩き出す。

 それを見て手早く後片付けを終えたジールが慌ててディナに追いつき声をかける。


「ディナ!だいじょーぶ?おねーさんがもとーか?」

「だいじょうぶっ、もてる」

 確かに時々ふらついてはいるが、今のところは転ばずに進めている。やはり身体能力は高いらしい。


 そう、と残念そうに引き下がるジール。持って貰えばいいのにと思うが、ディナから自信と反発がないまぜになった思いが伝わってくる。大人しそうに見えて意外と意思は強いようだ。


 少しの間、お互い黙って並んで歩いていると、ジールがそわそわしながらちらちらとこちらを伺っていることに気がつく。ディナも視線に気づいているようだが意図を汲む気がないらしい。

 ジールを哀れに思った俺は助言をすることにした。


(これディナや、おねーさん重いから持ってといいなさい)

「なんで?」

 急に声を出したディナに驚き、きょろきょろとあたりを見渡すジール。


(いいから、お前も視線が気になるんだろ?)

 渋々といった様子だが、視線の鬱陶しさを解消する気持ちが勝ったようだ。


「ジール、おもいからもって」


 ――風切音。直後、持っていたはずの水桶が消え、隣には消えた水桶を持った喜色満面のおねーさんがいた。


「もー、しょーがないわねー!ディナはまだ小さいからねー、おねーさんが!もってあげる!」

 意気揚々と前を行くジール。その背後、千切れそうなくらいぶんぶんと振られた白いふわふわの尻尾を見ながら、非難の意思が俺に突き刺さる。


「……じぶんでできるのに」

 むー、と膨れるディナ。一旦は同意したもののやはり納得はしていなかったようだ。

 あちらが立てばこちらが立たず。子守りとは難しいものだなあ、なんて。……何をやってるんだ俺は。


 そうこうしているうちに、目的地の建物の前に辿り着く。

 夜明け直後の暗さを差し引いてもなお暗く、黒い印象の建物で、土壁はところどころが剥がれ、木製の地肌が剥き出しになっている。屋根は黒く煤けた茅葺きで、天辺のあたりから煙が染み出すように立ち昇っている。


 この子達の『家』だろうか、ジールを先頭に二人は迷わず、入り口へと近づいていく。扉まであと数歩――ジールがぴたりと動きを止める。疑問に思った次の瞬間、ジールは横っ飛びで扉の横にずれる。

 ほぼ同時に勢いよく扉が開かれ、小さな黒い影が猛烈な速さで一直線にこちらに突っ込んでくる。


「どーんっ」


 続いて衝撃――!耐えきれず頭から後ろに倒れ込むが、頭を抱えられ、慣性そのままに体ごと引っこ抜かれるように足が宙に浮く。二転三転。ころころと視界が回り、意識が白黒する。何が起こった!?


 仰向けに手足を投げ出した状態で止まる。俺は状況を把握する為、急いで意識を切り替える。痛みは――わからない。身体感覚がないことが仇となる。それ以外の情報で確認するしかない。視界は揺れているが認識可能、目は開いている。混乱しているディナの感情が伝わってくる。つまり、意識は失っていない、ということは頭は打っていないか、それほど強くぶつけてはいなさそうだ。


 少し安心したところで、お腹の上の襲撃犯から気の抜けるような笑い声があがる。


「わはは。……おー?下にいるのはディナかー」


 高い位置で髪を結ったかのような獣耳から黒髪が顎下まで垂れ下がり、おさげのようになっている。

 これまた体躯はディナくらいに小さいが、少女といって差し支えない顔つき。その深い紫色の瞳が細められ、こちらを覗き込んでいる。


「……ラヴ、おもい」


 抗議の声をあげるディナを尻目に、昇り始めた朝日を背にした逆光の中、少女――ラヴは再びわははと能天気に笑うのだった。

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