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血赤のディナ  作者: 紫藤てる


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1/8

1.水面の女の子

 ――水の跳ねる音。

 水面の波紋が徐々に収まり、像を結び、ぼんやりとした意識が輪郭を帯びていく。


(女の子……?)


 眼前、水面に映る小さな女の子の不思議そうな、どこか茫洋とした黒褐色の瞳と()()()()目が合っている。

 女の子の年齢は三歳くらいだろうか、ひどく幼く見える。薄茶色の髪は肩口で適当に切られたのか、毛先が歪に不揃いだ。そして頭の上には――


(動物の耳?)


 内側は白く、外側は髪色と同じ薄茶色の毛で覆われた犬の耳のような三角形が二つ、ぴょこんと頭上に見えている。まるで注目されて居心地が悪いとでも言うように、二つの三角形はぴくりとその身を震わせる。

 この愛らしい三角形への興味は尽きず意識を離し難いが、今はそんなことより優先することがある。


(一体俺に何が起きているんだ?)

 周囲を見回し、状況を確認しようにも視線を動かせない、どころか動かす体の感覚がない。


 そして、そう()だ。これまでの自分に関する記憶がまるでないのだ。

 とりあえず俺の自認では子どもでも、女性でも、ましてや頭上に耳はないので目の前に映る女の子ではないと思っているのだが、状況がそれを否定する。

 なにせ水面の女の子は眼前でバチバチに目が合ってしまっているのだ。

 純然たる事実として見た目がこうであるのだから、なるほどそうか俺は獣耳幼女だった――?と、納得(こんらん)しかけた時、


「ディナ」

 俺の意思に依らず女の子の唇が動く。


 名前だろうか、いや、名前だ。なぜかそれがこの子の名前であるとわかる。


あなたはだれ(イェオラ フィ)?」


 聞いたことのない言葉だという感覚と同時に意味を理解する。そんな奇妙な感覚はさておいて、問われた問いについて考える。

 俺の名前はディナ、違う、それはこの子の名前だ。長い別の名前があった気がする。

 ええと、ディナイナ……?なんだっけ。いやしかしこれも違う。名前名前……。


(――匡希(マサキ)。)

「マサキ?」

 こてん、と水面のディナが顔を傾げる。


 そう、そうだ。それが『俺』の名前だと、心の奥深くにすとんと落ち、ようやっと水面に映るディナと自分が別の存在であると区切ることができた。

 そうなるとこの子に現状について聞くのが早いかと尋ねてみる。


(なあ、一体俺はどうなってるんだろうな?)


 水面に問いかけてはみたものの、愛らしい顔の角度が増すばかり。まあそうかと期待はしていなかったが、それでも途方に暮れる。

 何もわからず、未だ混乱の只中。しかし、名前を思い出したことで少し落ち着くことができた。


 ――刹那、ふと落ち着いた空白に寂寥感が過ぎる。

 かつて世界(ここ)とは決定的に隔絶された別の世界(ところ)に自分は居て、そこにはもはや二度と戻れないのだという、根拠のない確信。

 現状の理解を諦め、記憶にない故郷を想って感傷的な気分に浸ろうとしていると――


「ディーッ!ナー!!」

 そんな俺の感傷を吹き飛ばす女の子の大きく元気な声が響く。


「ジール」

 そうだ自分は水汲みの途中だったとディナは思い出し、顔を上げる。


 丸く狭い水面から一気に視界が開け、夜明けか日没か、薄暗い視界に小さい人影が駆けてくるのが見える。


「ディナ!どーしたの(ホテーップ)ころんだの(ファル)!?おけがしてない(イェ ヘルティット)!?おねーさんにみせて(サァスティ シウ)!」

 駆けつけるなり、捲し立てるようにお世話をしようとするジールと呼ばれた白いふわふわ頭の女の子。


 俺はディナ以外の言葉もわかるようで一安心。

 そしてどうやらディナは水桶を持ったまま転び、桶を覗き込むような体勢で俺と話していたようだ。


「……だいじょうぶ」

「ほんとー!?ほら、立って!よくみせて!」

 そう言ってディナを立たせると忙しなくぐるぐると体を見て回る白いふわふわ。


 その発言から、どうやらディナより年上のようだが、身長は同じくらいだろうか。

 顎くらいの長さの白い癖っ毛で、よくみるとこの子の頭にも垂れた獣耳があり、忙しない動きに合わせてぱたぱたと跳ねている。

 一通り見終わって安心したのか、ジールは大袈裟に胸を撫で下ろした。


「だいじょーぶそー!もー、ディナはぼーっとしてるんだからきをつけて!」

「うん」


 あまりにそっけないディナの反応に思わず声をかける。


(おーい、心配してくれてありがとうくらい言ったらどうだ?)

「ありがとう……?」

「……!おねーさんだからね!」

 嬉しそうに黄色い瞳を輝かせ、胸を張るジール。背後でぶんぶんと白いふわふわの尻尾が振られる。そりゃ獣耳があるんだ、尻尾もあるさ。……あるのか?


「それで、おけがじゃないならどーしたの?あさのおしたくまにあわないよ!おこられちゃうんだから!」

「マサキとはなしてた」

(おい、俺のせいにするな)

 

 きょろきょろと辺りを見たり、背伸びをしてディナの背後を見たり、忙しなく俺を探すジール。


「だれもいないじゃない!もー!へんなこといわないで!」


 やはりというべきか、俺の存在は見えも聞こえもしないみたいだ。俺はディナ(こいつ)に憑依した幽霊のようなものか。


「マサキはおばけだって」

「もー!やーめてー!!」


 お化けの怖さは異世界共通らしい。恐るべしお化け。

 というか、俺の思考はディナに筒抜けということなのだろうか。

 俺もディナの考えや知識が読めている節があるし、同じ体にいるとそういうものなのか?お子様に適さない思考は慎もうと誓う。


 対象年齢三歳(推定)か……、がんばろう。

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