第八話:シエラ、訓練を開始するよ〜
ギルドが震撼した“聖癒事件”から数日。
その後、ステファニーはと言えば……
「前衛になりたいの〜! 前に立ちたいの〜!! 殴りたいの〜!!!」
ギルド中に響き渡る声は、まるで呪いのように職員の心を削り、上級回復士たちの精神力を毎日一割ずつ奪い続けていた。
そして今夜。
ギルドの喧騒が落ち着いた頃。
誰もいない夜の訓練場に、二つの影が向かい合っていた。
シエラとステファニーである。
月明かりに照らされたシエラの顔は、普段よりも鋭さを増していた。
まるで“決断の時”の剣士の表情だ。
「ステファニー」
呼ばれた本人は、なぜかニコニコしている。
「お姉さん、今日は何するの〜? 殴る練習〜? 転がる練習〜? それとも筋肉の育て方なの〜?」
「お前の脳内どうなってんだよ……」
シエラは頭を抱えたが、やがて真剣な視線を向けた。
「いいかステファニー。お前の前衛志望……本当に変わらねぇんだな?」
ステファニーはきゅっとロッドを握りしめた。
それはシエラが渡した安物のロッド。
そして、今日が“最期の日”だと彼女は知らない。
「変わらないの〜! わたしね、お姉さんと一緒に並んで戦いたいの〜!」
「……チッ、分かったよ」
シエラは深く、深く溜息をついた。
だがその目はすでに“師匠”のものになっている。
「これ以上、お前を“前に行きたい〜”って喚き散らす問題児としてギルドに迷惑かけるのは嫌なんだよ。それに……」
シエラは視線をそらし、ほんの少しだけ照れくさそうだった。
「もし本当に俺の隣に立ちたいって言うなら……
最低限の防御と立ち回りくらいは仕込んでやる。死なれちゃ困るしな」
「わぁ〜〜!! お姉さんが教えてくれるの〜!? めちゃくちゃ嬉しいの〜!」
ステファニーは飛び跳ねながら喜びを表現する。
一方でシエラは、これから始める地獄の訓練を想像して暗くなる。
「じゃあ始めるぞ」
シエラが訓練用の木剣を数本取り出し、ステファニーの前に立つ。
「前衛の基本は“避けること”。
お前、殴りたい殴りたい言うくせに、敵の攻撃を全部受ける気か?」
「違うの〜! 避けるの〜! わたし、ぴょんぴょん避けるの〜!」
「その口だけは一丁前だな。いいから行くぞ!」
木剣が放たれた。
――ヒュッ!
「ひゃっ!? 避け――」
ゴスッ。
「ぐえっ!? 当たったの〜!!」
シエラの目が細くなる。
「遅い。遅すぎる」
新しい木剣が飛ぶ。
――ヒュッ!
「ひゃあ!? い、今度こそ――」
パコン。
「おでこ痛いの〜!!」
「動き出しが遅いんだよ。お前、性格がまったりしすぎてんだ。回避は向いてねぇ」
「え〜〜!? そんなぁ〜!」
さらにシエラは何本か木剣を投げ続ける。
「ひぃっ!?」「きゃっ!?」「いてっ!?」「鼻はダメなの〜!!」
……結果。
シエラ「回避訓練は無理だ。向いてない」
ステファニー「そんな〜〜〜!?!?」
が、ステファニーのショックはここからが本番だった。
「おい、ステファニー。そのロッドを貸せ」
「え? このロッド〜? お姉さんが持てってくれたロッドなの〜」
シエラは無言でそれを受け取ると――
バキィィィィン!!!
(※地面に叩きつけた)
「は゛ーーーーっ!?!?!?!?!?!?」
ステファニーは悲鳴を上げて飛び跳ねた。
「あああああああっ!? わ、わたしのロッドがぁぁぁ〜〜!?!?」
シエラは冷静だ。
「こんな安物が前衛のお前を守れるわけねぇだろ。
戦場で武器が砕けたら、その瞬間に死ぬんだよ」
「でもでもでも〜〜!! わたしのロッドがぁぁぁ〜!!」
シエラはガン無視して続ける。
「いいか。お前は特級回復という最強の武器を持ってる。
それを殺さずに前に立ちたいなら、“専用の得物”が必要だ」
ステファニーは涙目でロッドの破片を拾いながら聞く。
「専用の……得物なの〜?」
「ああ。
避けられないなら守れ。
守れないなら、道具でのし上がれ。
そのための武器や防具を手に入れるまで、俺が徹底的に仕込んでやる」
シエラの言葉は厳しいが、なぜか温かさがあった。
ステファニーは拳をぎゅっと握る。
「……ありがとうなの〜!
わたし、絶対お姉さんの隣に立つの〜!!」
「言ったな? 泣き言は絶対に許さねぇぞ?」
「は〜いなの〜!!」
こうしてステファニーは、
“自分のロッドを粉砕されて本気になった前衛志望の特級回復士”へと進化した。
そして二人は――
「鍛冶屋に行くぞ。夜明けを待たずに行くからな」
「わぁ〜〜!! 得物! 得物なの〜〜!!」
夜の訓練場を後にし、鍛冶屋へ向かって走り出すのだった。




