第六話:初めての戦闘なの〜
ギルドを出発した朝。
いつになく静かなステファニーは、シエラの後ろをちょこちょこと付いて歩いていた。
だが――その背中に“異様な違和感”があった。
「お姉さん……それ……なんなの〜……?」
「ん? どれだよ」
「背中に縛り付けてる、その……でっっっかい板なの〜!」
シエラは振り向きざま、ガッとその巨大な板……いや、盾の端を叩いた。
「大盾だ。タワーシールド。今日から導入した」
「お姉さん、新しい武器なの〜?」
「盾を武器扱いすんな。防御だ。お前が“前で殴りたい”って毎日ゴネるからな。万が一にも怪我させたくねえんだよ」
シエラは鼻を鳴らしながら、巨大な盾を背負い直す。
身長ほどある鉄の塊は、重さだけで初級冒険者なら泣きながら倒れるレベルだ。
「わたしのために大盾まで……! お姉さん、ほんとにカッコいいの〜!」
「うるせえ。褒めたって前に出す気はねぇぞ。さっさと歩け」
二人は森の奥へと進んでいく。
初級者エリアをほんの少しだけ抜けたところ。危険度は低いが、戦闘は避けられない場所だ。
しばらくして――
「なんか音がするの〜! カサカサしてるの〜!」
「魔獣だな。構えとけ」
茂みの向こうから、数匹の小型魔獣が現れた。
素早く動き回る茶色い影――フォレスト・ラットだ。
ステファニーはロッドを構えテンション最高潮
「出たの〜! 魔獣なの〜! わたし、前に出て殴るの〜!」
「動くな」
「え、なんでなの〜!」
「まだ言わせんのか。お前は俺の後ろ。ロッドは回復のために持て」
そう言うや否や、シエラは背中からタワーシールドを引き抜いた。
ドォンッ! と地面に影を落とすその迫力は、フォレスト・ラットのほうが怯むほどだ。
「お姉さん……でっか……!」
「黙ってろ」
戦闘が始まる。
シエラは一歩前に出ただけで、ステファニーを完全に覆う壁となった。
フォレスト・ラットが一斉に飛びかかるが――
ガギィィィン!!!
巨大な盾が、全ての攻撃を弾く。鉄と爪の衝突音が響き渡る。
ステファニーが盾の後ろでペシペシ叩きながら
「お姉さん、前が見えないの〜! ちょっとどいてほしいの〜!」
「どかねえ。むしろ寄るな」
「殴らせてほしいの〜!!」
「回復士が殴るかよ! ロッドを回復に使え!」
言っている間にも、シエラは大盾で一匹を弾き飛ばし、大剣を逆の手で抜いて薙ぎ払う。
ザシュッ。
見事な一撃でフォレスト・ラットが地面に転がった。
ステファニーはもどかしく足踏みしながら
「ずるいの〜! わたしも殴りたいの〜!!」
「うるせえ! お前は後ろ!」
その瞬間、フォレスト・ラットの一匹が横から飛び出し、シエラの肩に爪を走らせた。
「チッ……避けきれなかったか……ステファニー、小回復!」
やっと出番がきたステファニーが嬉々として動く
「はいなの〜! 任せてなの〜!」
ステファニーはロッドを高く掲げた。
光の雫が生まれ、ふわりと落下する。
「《光滴》なの〜!」
ぽとん。
光がシエラの肩を包み、傷が瞬時に消えた。
「やっぱ特級は違ぇな……効きがいい。……だが、その力があるならなおさら前に出んな!」
「今のタイミングなら殴れてたのに〜!」
「殴らなくていい!!」
シエラの怒号と共に、大剣が回転するように振り抜かれ、残りのフォレスト・ラットが次々と倒されていく。
まもなく戦闘は終わった。
前に出れなかったステファニー地面にロッドを突き刺してへそを曲げる。
「なんでわたしだけ戦わせてもらえないの〜! わたしも前に出たいの〜!」
「当たり前だろ。無駄に怪我したら、回復士のお前まで倒れたら、パーティ全体が終わりなんだよ」
「でも殴りたいの〜!」
「殴るな。回復しろ」
「む〜〜〜〜!!」
「唸るな。子どもか」
「子どもじゃないの〜! 立派な前衛志望なの〜!」
「その時点でダメなんだよ!」
「いつか絶対……お姉さんと一緒に前衛に立つの〜……!」
シエラは呆れたようにため息をつきつつも、どこか優しい視線をステファニーに向けた。
「……まず俺を回復してから言え。ほら、ロッド持て」
「はいなの〜!」
ステファニーはロッドを握りしめながら、シエラの背中を見つめる。
――いつかこの背中と並び立ちたい。
――いつか、自分が守る側にもなりたい。
そんな決意が、彼女の胸の奥で静かに燃え始めていた。
その横で、シエラはぼそりと呟いた。
「……頼むから本気で前に出ようとすんなよ……」
「え〜? なんなの〜?」
「なんでもねぇよ!」




