第五話:初クエストは採取ですか〜?
翌朝。ギルドの扉が開く音と同時に、ステファニーは胸を張って中に入った。
腰にはシエラに押しつけられた初心者用ロッド。昨日の夜からずっと素振りしていたせいで腕が少し筋肉痛だが、彼女はまったく気にしていなかった。
「今日こそ前衛デビューなの〜!お姉さんの隣で戦うの〜!」
後ろから、ため息混じりの足音。
「おい。もう少し静かにしろ。ギルドは神聖な場所だぞ」
「お姉さん〜、わたしもう戦える気がするの〜!」
「気のせいだ。八百パーセントな」
二人は受付カウンターに到着した。
昨日の騒動を知る職員Aは、ステファニーの姿を確認した瞬間、
心底ホッとしたような、しかし胃が痛くなりそうな微妙な顔で対応した。
「シエラさん……本当にステファニーさんとパーティを組まれたのですね……?」
「組んじまったからには仕方ねえ。面倒はぜんぶ俺が見る」
職員Aは、ステファニーのロッドをちらっと見る。
「……前衛志望の……特級回復士……」
その瞳には「絶対に負傷させるな」という文字が灯っていた。
「安全第一でお願いします。特にステファニーさんには……絶対に、絶対に危険な依頼は避けてください。ギルドの宝なので」
「わかってるって。で、どれが一番安全だ?」
職員Aが持ってきた依頼書には、でかでかと巨大な文字で書かれていた。
【薬草採取:Fランク】
【危険度:ほぼゼロ】
「はい! こちらです! 森の入り口で採取するだけの簡単なお仕事です! 魔物はほぼ皆無! 遭遇しても弱い個体のみ! 安全性はギルド保証です!」
「採取なの〜!? でもその薬草、絶対強い魔物が守ってるの〜! わたしがロッドで倒してみせるの〜!」
「守ってねえよ! なんで薬草がガーディアン持ちなんだよ!」
シエラの手刀が、ぴしゃりとステファニーの頭に落ちる。
「はいっ……!」
「よし、行くぞ」
「は〜い……でも戦いたいの〜!」
ステファニーがぶつぶつ言いながらも、ふたりは郊外の森へと向かった。
森の入り口は、冒険者初心者がよく訪れる平和な場所だ。
鳥のさえずりが聞こえ、木漏れ日が差し込む穏やかな空気が流れている。
ステファニーはロッドを剣のように振り回しながらキョロキョロ。
「ねえねえ〜、ゴブリンとかいないの〜? オークでもいいの〜! わたし、そろそろ殴りたいの〜!」
「ここは初心者森だ。そんなもん出るわけねえだろ。出たらギルドがパニックだわ」
「え〜。つまらないの〜」
「採取依頼は採取だ。ほら、薬草の見分け方を覚えろ」
シエラは慣れた手つきで茂みを探り、目当ての薬草を摘んでいく。
ステファニーはロッドを構えたまま、じーっとその背中を見つめる。
「お姉さん……前方にわたしが立つの〜!」
「はいストップ」
シエラは片手でステファニーの襟首をガッとつかみ、そのまま軽々と後方へ移動させた。
「ひゃああ〜!? 引っ張られたの〜!」
「回復士はそこ。動くな。採取の邪魔」
「でも〜! わたし、やる気に満ちてるの〜!」
「満ちてるだけで実力は増えないんだよ」
「ぐぬぬ……」
ステファニーはロッドで地面をコンッと突いた。
「このロッドで……地面を叩き割って、魔物を威嚇するくらいなら……」
「威嚇すんな! 森がびびって逃げるわ!」
「森が逃げるの〜!? 追いかけたいの〜!」
「追うな!」
シエラは完全に慣れた動きで薬草を採取しつつ、後方のステファニーを守るように立ち回る。
採取量も十分で、危険もまったくなし。
こうして初クエストは、至って平和に終わった。
ギルド帰還後。
受付で報告を終えたシエラは満足そうに腰を伸ばす。
「ふぅ。まあ、悪くない初陣だったな」
「よくないの〜……」
「なんだよ」
「だって、ロッドが……ただの棒だったの〜……」
「棒じゃねえ、媒体だ!」
「媒体でもいいから、殴りたかったの〜!」
「殴るなって言ってんだろ!」
シエラは額に手を当てる。
「いいか? お前は俺がいる限り絶対に前に出るな。
まずは生き残り方を覚えろ。
回復士が死んだらパーティ全滅なんだよ」
「うう〜……でも〜……いつか絶対、わたしが前衛でも通用するって、証明してみせるの〜!」
ステファニーはロッドをぎゅっと握りしめ、瞳をキラキラと輝かせた。
(いつか絶対、お姉さんを驚かせるの〜!
攻撃できる回復士……絶対なってみせるの〜!)
その日の夜。
シエラが風呂に入りに行くと、ステファニーは早速、部屋の隅でコソコソと素振りを開始した。
「そりゃっ……! えいっ……!
わたし、絶対強くなるの〜!」
ロッドは剣ではない。しかし、振られるたびに風を切り、弱々しい「ヒュッ」という音を立てていた。
こうして、ステファニーの「前衛回復士」への野望は、静かに――いや、ロッドの素振りと共に騒がしく始まったのだった。




