第四話:ステファニー、シエラへお願いする〜
ギルドの食堂は、昼前だというのに相変わらず騒がしい。
肉とスープの匂い、冒険者たちの笑い声、時々聞こえる机を叩く音。
その中心で、一際目立つ赤髪が豪快に肉を喰らっていた。
──シエラ。
昨日、難関依頼を一人で片付けて戻ってきた紅蓮の女剣士。
そのシエラの前で、一人の少女(※見た目は)がぷるぷる震えていた。
ステファニーだ。
「わ、わたし、ちゃんと言わなきゃなの〜……。昨日からずっと考えてたの〜……!」
テーブルの向こうでは、シエラが骨付き肉を片手で握りつぶす勢いで食べている。
その豪快な姿を見るたび、ステファニーの心臓はドンドコ太鼓を叩いた。
(あぁ〜……やっぱりかっこいいの〜!!)
きらきらした目を抑えきれないまま、ステファニーはついに一歩踏み出し——
カンッ!
硬直したまま、シエラのテーブルに両手を置いた。
「シ、シエラお姉さ〜ん!!」
肉を豪快に噛みちぎっていたシエラの動きが、ピタッと止まる。
ぎろり。
「……何だ。俺に用か?」
昨日の圧巻の帰還シーンを思い出し、ステファニーの喉が一度ひゅっと鳴った。
だが、逃げない。逃げたくない。
「えっとね〜……そのね〜……!」
一旦、深呼吸。
「わたしと組んでほしいの〜!!」
その声は、ギルド中に響き渡った。
一瞬、周囲が静まり返る。
冒険者A「……え、特級回復士のステファニー嬢が?」
冒険者B「相手はよりによってシエラだぞ!?」
ギルド職員C「前衛特化×前衛志望…これは絶対揉めるやつだ……!」
ざわざわざわ……。
みんなの視線が、ステファニーとシエラに集中する。
シエラは肉を置き、顎に手を当て、じろりとステファニーを見た。
「……お前、今……俺のこと“お姉さん”って呼んだか?」
「もちろんなの〜! だってシエラお姉さん、かっこいいの〜!」
「いや、かっこ良さは否定しねぇけどな……
お前の方が年上だろうが!!」
シエラが机を叩く勢いでツッコんだ。
ステファニーは両手をぱたぱたしながら
「それはそうなんだけどね〜!
見た目は若いし〜、気持ちも若いし〜、シエラお姉さんは頼りになるからお姉さんなの〜!」
「……理屈が破綻してんだよ」
完全にペースを乱されたシエラは、ため息をつきながらも聞いてやることにした。
「で? なんで俺と組みてぇんだ?
聞いたぞ、癒しの特級なのに前衛をやりたいって、ギルド中で問題になってる変わり者だってな」
「か、変わり者で悪かったの〜……」
しょんぼりしたステファニーは、腰の剣の柄をぎゅっと掴む。
「わたしね〜……回復だけじゃイヤなの〜。
誰かを守る力も欲しいの〜。
お姉さんの隣で戦って、殴って、回復して、最強の前衛になりたいの〜!」
その瞳は、魔物に向かう冒険者のように真剣だった。
シエラは、思わず口を閉じる。
(こいつ……目が本気だな……)
食堂の空気が、じわりと変わった。
冒険者A「……あの目、本気だぞ」
冒険者B「さすが特級回復士、芯が強い」
ギルド職員D「がんばれステファニー嬢……!」
そして——
シエラは、長い長い息を吐いた。
「チッ……わかったよ。
組んでやる。やってみりゃわかることもあるだろうしな」
「ほ、本当なの〜!? やったの〜!!」
ステファニーは両手をぶんぶん振り回して喜びを爆発させた。
だが、次の瞬間。
スパッ。
ステファニーの腰の剣が、シエラの手で容赦なく抜き取られた。
「えっ!? お姉さん!? なんで抜くの〜!?」
「決まってんだろ。没収だ」
ステファニーの表情が、きゅ〜っと涙目になる。
「えぇぇぇ〜〜!?」
シエラは荷袋をごそごそ漁り、一本の棒のようなものを取り出した。
——初心者用ロッド。
「……な、なにそれ〜……?」
「お前に今日から必要な武器だよ。ほら、持て」
渡されたロッドをステファニーは両手で持ち上げ
「……棒なの〜?」
「棒じゃねえ! 回復士の武器だ!」
「やだ〜! わたし剣で戦いたいの〜!!」
ステファニーが床でじたばたし始める。
冒険者たちはそれを見て大爆笑。
冒険者A「かわいい……!」
冒険者B「いや可愛いけどロッド持て……!」
ギルド職員C「シエラさん、がんばって……!」
シエラはステファニーの頭を軽く小突きながら言う。
「いいか。
お前が前衛志望なのは勝手だが、俺の指示には絶対従え。
まずは回復士としての仕事を完璧にこなせ。
その上で前に出たいなら、それは俺が判断する」
「うぅ……厳しいの〜……」
「当たり前だ。命がかかってるんだぞ」
シエラが真剣に言うと、ステファニーは口をつぐんだ。
それから——
「……わかったの〜。
お姉さんが言うなら、ロッド持つの〜」
「よし、いい子だ」
ステファニーはロッドをぎゅっと抱きしめた。
(……でも、いつか絶対、前に立つの〜!
お姉さんの隣で、盾にも剣にもなるの〜!)
決意の炎が、ステファニーの胸に燃え上がる。
その様子を見て、シエラはふっと笑った。
「まぁ、面白ぇ相棒になりそうだな」
食堂中がどっと沸き、こうして——
シエラ&ステファニーのコンビが誕生したのだった。




