第三十話:最終決戦(中編)シエラが倒れた〜!
夜明けと同時に始まった最終決戦は、すでに常識を越えた戦場と化していた。
特級回復《廻生》による一時的な戦線立て直しから、ほんの数分後。
タイラント・アームドベアは、再び地鳴りのような咆哮を上げ、その全身の装甲がぎしりと軋む。
まるで「今から本気だぞ」と宣告されているようだった。
ステファニーが震え上がる。
「お、お姉さん……今の 咆哮、いつもの 咆哮より怖い咆哮なの……!」
シエラは汗を拭う暇すらなく、盾を構え直した。
「分かってる。あれは……“第二段階”だ。奴が迷宮奥へ引きずり込むつもりだ、全員散開するな! 俺から離れるなステファニー!」
Aランク戦士長も必死に叫ぶ。
「全員、押し戻せ! 無理ならせめて踏ん張れ! あっ、待て、押されるなぁぁぁ!」
だが巨体の前進は止まらない。
タイラントはまるで巨大な壁が迫ってくるかのような圧で、討伐部隊を森の岩窟へと押しやっていく。
ステファニーが半泣きで叫ぶ。
「お姉さん〜〜! 後退しながら回復撃つの、めっちゃむずかしいの〜! もう! 魔力の軌道がズレるの〜!」
「贅沢言うな! 俺を回復させろ、俺が前を抑える!」
「言い方がブラック企業なの〜!」
そんなやりとりの最中、タイラントは岩窟の入り口を大きくひしゃげさせながら奥へ突っ込んだ。
奥の空間は狭く、タイラントの巨体で出口がほぼ塞がれてしまう。
Aランク魔導士が悲鳴を上げる。
「閉じ込められた!? これ……ボス部屋ってやつじゃ……?」
シエラは歯を食いしばった。
「厄介だ……ここは奴のホームグラウンド。動きが速くなるぞ!」
言葉通りだった。
タイラントは狭い空間の壁を足場に使い、信じられない速度で跳ね回りながら接近してくる。
戦士長が叫ぶ。
「速い! あの巨体で跳ねるな! 重力に逆らうな!」
ステファニーは悲鳴をあげつつ、シエラの背に張り付く。
「お姉さん〜〜怖いの〜〜! ここ、魔力がめっちゃ濁ってるの〜〜! 回復の効きが悪いの〜〜!」
「下がるなステファニー! 俺の後ろだけは安全だ! 多分!」
「多分!? いやなの〜!」
そんな掛け合いをしている間にも、タイラントは壁を蹴り、巨腕を振りかぶった。
その軌道には、シエラとステファニーだけでなく、近くにいたAランク戦士の姿もあった。
シエラが叫ぶ。
「まずい、避けろ!!」
しかし間に合わなかった。
タイラントの巨腕が横薙ぎに振り抜かれ、Aランク戦士をまとめて吹き飛ばす。
ステファニーが叫ぶ。
「わわわわっ……! 来るの〜〜!!」
その攻撃の余波は、ステファニーをも砕く軌道だった。
シエラは反射的に動いていた。
盾を捨て、ステファニーに向かって手を伸ばす。
「ステファニー伏せろッ!!」
ステファニーが振り返る前に、シエラの腕が彼女を抱き寄せた。
そして――シエラの背中に、タイラントの剛腕が直撃した。
バキッ、と嫌な音が響く。
「ぐっ……あああああああッ!!」
シエラの悲鳴が狭い空間に反響した。
衝撃でステファニーも巻き込まれ、二人は地面に倒れ込んだ。
ステファニーは呆然とし、やがて顔が真っ青になる。
「お、お姉さん……? お姉さん? 起きて……? ねぇ……いやなの……!」
シエラは返事をしない。
息が、浅い。
背中は深く抉れ、皮膚も骨も砕けていた。
Aランク戦士長が青ざめる。
「この汚染下じゃ……回復が……間に合わない……!」
ステファニーは震える手でシエラの身体に触れた。
「いやなの……死なせないの……死んじゃったら……私、やだ……!」
今までのどんな回復よりも、深い思いが込められた。
涙がぽたぽたとシエラの頬に落ちる。
「戻ってくるの……! お姉さんは死なないの!!」
彼女は叫ぶように魔力を注ぎ込んだ。
「特級! 《聖癒》全魔力集中なの!!」
眩い光が爆ぜ、狭い空間を満たした。
タイラントの魔力汚染が溶け、押し返される。
シエラの砕けた背中が、瞬く間に再生していく。
Aランク魔導士が目を丸くする。
「一点集中……? 回復が……速すぎる……!」
シエラが咳き込み、目を開けた。
「げほっ……ス、ステファニー……」
「お姉さんっ!!」
ステファニーは涙でぐちゃぐちゃの顔で、シエラに抱きついた。
だが――その瞬間。
タイラントが、再び彼女たちへ腕を振り下ろしてきた。
ステファニーは反射的に、叫んだ。
「お姉さんに……手出さないのぉぉぉぉ!!」
次の瞬間、刺メイスの宝玉が爆ぜるように輝いた。
半透明のドーム状の結界が、周囲を包み込む。
Aランク戦士長が唖然とする。
「い、いつの間に……結界!? 回復士が……?」
タイラントの剛腕が結界に叩きつけられた。
だが結界は揺れもしない。
ステファニーは結界に手をついたまま、震えていた。
「お姉さん守るの……守るの……でも……これ、魔力……どんどん吸われてく……止まらないの……!」
シエラは立ち上がり、ステファニーの肩を掴んだ。
「落ち着けステファニー! その結界は……強すぎる。俺が破る!」
「やだの〜〜! お姉さん危ないの〜〜!」
「大丈夫だ! 俺を信じろ!!」
絶望と希望が渦巻く中、結界は輝きを増す。
そして――戦場は、さらに深い混沌へと突入していく。




